【今月の密着人】関西電力 ナムニアップ1パワーカンパニー出向(取材当時※)川田達也さん(33歳)
※現在は関西電力 水力事業本部に勤務
1963年に日本最大級の「黒部川第四発電所」(通称くろよん)を完成させた関西電力。世紀の難工事を成し遂げた挑戦心、使命感、情熱は、「くろよんスピリット」として今も同社に脈々と受け継がれているという。くろよんから43年後の2006年、同社はラオスに同規模の「ナムニアップ1水力発電所」を建設するプロジェクトをスタートさせ、2019年9月に商業運転を開始した。「第二のくろよん」と呼ばれるようになったこの大プロジェクトで、いったいどのようなドラマが生まれたのか。関西電力から出向し、建設段階からプロジェクトに参画した川田達也さんに話を聞いた。
関西電力の悲願ふたたび。ラオスに巨大ダムが完成!
2019年9月、ラオスの首都ビエンチャンの北東約150キロメートルに位置する山間部、タイとの国境を流れるメコン川支流にて、大型水力発電所が商業運転を開始した。その名は「ナムニアップ1水力発電所」だ。
水資源が豊富なラオスは、水力発電に適した国。外国の支援を受けてダムを造り、電気の輸出を主力産業に位置付けている。一方、関西電力は、日本最大級の黒部ダムおよび「黒部川第四発電所」を開発するなど、水力発電のパイオニア。そこで同社は国内で培った高度な技術力やノウハウを生かすべく、2006年4月にラオス政府から独占開発権を取得し、「第二のくろよん」に着手したのだ。
完成した主ダムは高さ167メートル、幅530メートルで、黒部ダムに匹敵する規模。22億立方メートルを誇る貯水量は、黒部ダムの11倍。年間発電量は、なんと約15億キロワット時(kWh)で、「黒部川第四発電所」の1.5倍にもなる。日本の電力会社が中心となって海外でこれほど大規模の水力発電所を自主開発し、とてつもない巨大ダムを建設することは初めての挑戦であり、快挙といえる。
関西電力は、タイの電力需要の増加に対応し、ラオスの経済発展に貢献するべく、現地ラオスや隣国タイの企業とともに、本プロジェクトの現地事業会社として、2013年4月に「ナムニアップ1パワーカンパニー」を設立。2016年4月には主ダムのコンクリート打設工事に着手した。関西電力の川田達也さんは、このコンクリート打設開始時からプロジェクトに従事していた。
川田「2013年に入社し、福井県にある高浜発電所の土木建築課を経て、土木建築エンジニアリングセンター(大阪市)に所属しました。そこで、当社の海外事業の技術担当として、設計や現地に赴任した社員の施工管理に関するバックアップなどを行っていました。そして2016年5月、私自身も『ナムニアップ1パワーカンパニー』に出向となり、現地へ乗り込むこととなったんです」
入社当初から、海外で活躍することを希望していたという川田さん。4年目にしてそのチャンスをつかんだのだ。しかし、現地では苦労の連続。特にダム建設後、2018年5月に開始した主ダムの湛水(たんすい:ダムに水をためること)では、最後までやり遂げるとの熱い想いで、安全対策に万全を期すための試行錯誤を重ねた。
川田「私はダムにかかる水圧などの計測・管理を担当したのですが、実際に水をため始めると、予想とは異なる事象も起こるもので。やはりこれほど大型のダムとなると、必ずしも想定通りにはいかないことを痛感しました。とにかくダムが水圧に耐えながら、同時になるべく多くの水をためて発電量を増やせるよう、そのベストの調整に約1年半を費やしました。例えば、雨季にはダム貯水池の水位が急上昇し、ダムに想定外の挙動が見られました。そこで、いったん水位を下げた後、調査とモニタリングを行い、原因究明と対策を実施。しかし、再び水位を上げるとまた想定外の挙動が発生。ダムの水位をまた下げて、調査と原因究明と対策の後に再度水位を上げる、そんなことを何度も繰り返したのです」
あらゆる対策を講じ、ダムの安全性を確保しながら満水にすることができたのは、2019年8月のことだった。
川田「ダム建設では着工当初から、ラオス政府が設置した第三者機関『ダム安全評価委員会』が専門家の立場からチェックしてくれており、3カ月ごとに工事の進捗と安全性についての報告を求められて…。毎回レポート提出とプレゼンを行い、現地視察に対応するということを、十数回も積み重ねていたのです。そのため、満水になってもダムが安全であることを対策結果と計測データを基に示し、『このダムは安全です』との言葉とともに委員会から認めてもらえた時には、思わず『あぁ、よかった!』と。仲間と喜び合い、大きな達成感を得ることができました」
これぞ関西電力社員。村民との交流も全力で
「ナムニアップ1水力発電所」建設においては、現地に住む少数民族・モン族の約3500人の住民移転が必要となった。移住先の村には住居はもちろん、道路、学校、公民館、病院、灌漑地設備の整った水田や畑地、牧草地など、必要な社会インフラを整備。環境調査の本格的な開始から約10年かけて移転を完了させ、その後も支援を続けている。
住民移転に関わる業務は川田さんの守備範囲外。しかし、川田さんは、赴任当初から地域住民との交流を大切にしたという。
川田「工事中は近隣村の周辺を大型車両が行き交うなど、近隣の方々にはご迷惑をおかけしましたし、現場の作業員や建設キャンプの従業員として働いてくださるローカルスタッフの方も村には多く居住しています。こうしたプロジェクトは地域の方の協力・支援なしでは成り立ちませんから、地元の人々との関係づくりは大事にしましたね。普段から積極的に交流し、現地の行事にも参加させてもらいました。現地の言葉が十分には理解できませんが、一緒にビアラオ(ラオスのビール)やラオラオ(米でできたアルコール度数の高い地酒)を飲めば、ナムニアップ1に関わる苦労や辛抱、達成感を共有できるように感じます」
そう言って川田さんは笑うが、これは誰もができるようなことではない。しっかりと地域に溶け込もうと、業務時間外でもスポーツを含めて地元の人々と共に時間を過ごし、距離を近づける努力をいとわないのは、「関西電力の社風」とも言う。
川田「先輩や上司の方々全員が地元との交流を大切にしており、私もそういった方々の姿勢から、電力会社社員として地域に根差すことの大切さを学びました。これは日本でも海外でも変わらず関西電力の社風として根付き、受け継がれてきたものだと思います」
村の伝統である「水かけ祭り」では全身ずぶ濡れになるまで水をかけあってはしゃいだり、「ボートレース祭り」ではボートの漕ぎ手の一人を務めた。また、近隣村の祭りでは、村から現場に働きに来てくれているナムニアップ1パワーカンパニー社員の家を一軒一軒まわり日ごろの感謝を伝え、訪問先ではラオスの伝統料理とビアラオでもてなされた。
一方、「ナムニアップ1パワーカンパニー」が行事を主催し、村の人々を招待することも。サッカーが好きなローカルスタッフのために「ナムニアップ1フットボールクラブ」を設立し、地元住民などとフレンドシップマッチを開催して親睦を深める。正月には首都ビエンチャンのラオス日本センターで杵と臼を借り、村の人々と餅つき大会をするのが恒例となっている。
川田「少しずつ地元に馴染んでいって、周辺村の村長さんから『カワタさん!』と名前で呼ばれるようになった時は認められたような気がしてうれしかったですね。実は、村長さんは関電社員の名前を覚えようと、紙に書いて努力されていました。名前で呼んでいただけるということは、村との交流が進展した一つの証だとも言えます。今では、仕事の帰り道で村のそばを通ると、そこに住むローカルスタッフから、『一緒に飲もう!』と気さくに声をかけられます」
これからも世界各地で。大規模水力発電所建設への挑戦は続く
ナムニアップ1水力発電所の商業運転が開始して以降、川田さんは1年以上現地に残り、ダム運用の一役を担ってきた。
川田「ダムの水位の変動と、それによるダムの挙動をモニタリングし、その評価および対策検討を実施します。ダムの基礎にかかる揚圧力(ようあつりょく:ダムの基礎に浸透した水により、ダム堤体を浮き上がらせようとする力)や漏水が増えるようだとダムの安定性に影響しますので、注意深くモニタリングを続けていきます。ダム安全評価委員会とのやり取りも、商業運用開始から5年間は継続することになっていますので、レポート作成やプレゼンも引き続き行われます」
発電した電気は、隣国のタイ向けに年間15億キロワット時を27年にわたって販売し、安定的な収入の確保につなげる。そうして契約期間が終了した後は、発電所をラオス国に無償で譲渡することになっている。
川田「『第二のくろよん』との意気込みで取り組んだ本プロジェクト。まだ完了したわけではないですが、水力プロジェクトにかける挑戦心、使命感、情熱が、振り返ってみるとまさにこれが『くろよん』だったのかなと。私自身、世代的にいわゆる『くろよんスピリット』を完全に理解しているわけではないのですが、大規模なダム式発電所を造る苦労や責任感、徹底した安全対策については、きっと通じるものがあったのではないかと思います」
水力発電は、低炭素化の実現に貢献でき、地球に優しく持続可能な電源。海外では、そのポテンシャルはまだまだ多く残されている。そこで関西電力は海外に活路を見い出し、現在は、ラオス以外にもフィリピン、台湾、インドネシアで水力発電事業を手掛けている。風力など再生可能エネルギーについては、欧米などで近年さらに海外展開を加速させている。
川田「私個人としても、関西電力が今後また、海外で大型の水力発電事業へ参画することになれば、ぜひ現地で活躍したいです。調査・設計業務から建設・運用業務までトータルで関わりたいですね。ナムニアップ1の建設中に苦労したことを、今度は調査・設計段階で反映させて、より一層完成度の高いダムや発電所を目指したいです」