【今月の密着人】九州電力 地域共生本部 地域振興グループ 副長 照山太一さん(41歳)
電力会社は地域に根ざす企業。電気を安定して届け、快適な暮らしを守ることが使命だが、電気には一見関わりがないような業務もあり、一般的に知られていない仕事も多い。その一つが「地域振興」だ。九州全域の電力を支える九州電力には、この地域振興を専門とする珍しい部署がある。2019年から同部署で始動した「Qでん にぎわい創業プロジェクト」。人口減少に悩む町を盛り上げるために、日々奮闘する地域振興グループ 副長 照山太一さんの仕事に迫った。
舞台は人口約7700人の小さな町……どうやって盛り上げる!?
地域の人々と協働し、持続可能なビジネスモデルを構築することで、地域の課題解決を目指す「Qでん にぎわい創業プロジェクト」。その舞台となるのが、大村湾に接する長崎県・東彼杵町(ひがしそのぎちょう)だ。かつては長崎街道と平戸街道が交わる宿場町であり、江戸時代はくじらの水揚げと鯨肉取引の中心地として栄えた。
大村湾をバックに青々とした茶畑が広がる風光明媚な東彼杵町だが、近年は著しい人口減少と高齢化が問題になっている。そこで、町に住む数少ない若者たちが一念発起し、2013年から古い米倉庫を地域住民の力でリノベーション。2015年に交流拠点「ソリッソ リッソ」をオープンした。ここを中心にした観光客の呼び込みに成功したことをきっかけに、町のにぎわいを取り戻そうという動きが活発化している。
照山さん「私が初めてこの町を訪れたのは2019年10月でした。高速道路を降りると大村湾が目の前に広がる田舎町というのが第一印象でしたが、中心部まで行くとコーヒースタンドやアンティークショップ(当時)が入居する『ソリッソ リッソ』という交流拠点があり、おしゃれな若者が県内外から訪れていたんです。また、最も海に近い駅として有名な千綿駅の駅舎の中にカレー屋さんがあったりと、若者に人気が出そうなコンテンツが育くまれていたことに、良い意味での衝撃を感じたのを今でも覚えています」
観光地としてじわじわと人気を高めてきた東彼杵町に、照山さんは「生まれ育った糸島市に似ている」と感じたという。東彼杵町と同じく、昔は何もない田舎町だったいう福岡県の糸島市だが、現在ではおしゃれなカフェやショップが建ち並び、一度は行きたいリゾート地や移住先として全国的にも有名になっている。そうした変化を身近に知る照山さんは、直感的に東彼杵町に糸島と同じような可能性を感じたのだそうだ。
「Qでん にぎわい創業プロジェクト」のミッションは、町に新しい仕事を作り、移住しやすい環境を整えることで、東彼杵町に移住者を増やすこと。照山さんが最初に取り組んだのは、とにかく町の人に会って話をすることだった。
照山さん「東彼杵町の現状を知らずして、地域活性化なんてできるはずがありません。まずは地元の方たちと交流することが一番だと思ったんです。初めは月に3回くらいでしたが、後半になれば、週に2~3日くらい東彼杵町に滞在して、何かあればお手伝いしたり、プライベートでも家族で町を訪れたり。すると仲良くなった方がまた別の方を紹介してくれるなど、どんどんつながりが広がっていったんです。そんなことばかりしていたからか、地元の方からは『こっちに住んでるの?』なんて言われたこともありましたね(笑)」
“まずは何でもやってみる”精神が開眼
バイタリティがあふれ、積極的に地域に関わる照山さんだが、そのモチベーションや仕事観はどこから来ているのだろうか。それをひも解くカギは、これまでに仕事で携わってきた子ども向けの環境意識の啓発イベントにあった。
照山さん「もともと九州電力では、創立50周年記念事業として、子どもたちを招いて植林活動を行っていました。10年間で100万本植樹の目標を達成したこともあり、新しい活動を検討したところ、『日々の暮らしの中で森との接点がなくなっている。もっと森を身近に感じてもらうことで、子どもたちに森を大切にする心を伝えられないか』と、考えたのが、アウトドア・アクティビティを通じて森を楽しみながら学ぶイベント『きゅうでんプレイフォレスト』でした」
2016年から始めたこのイベントでは、マイ箸づくりや火起こし、ネイチャーゲームなど、さまざまなアクティビティを準備した。地元のアウトドアイベントを実施するNPO団体などを訪ね、出展をお願いして回ったという。さらに、自らも休日を使い、プライベートでアクティビティに関する講座をいくつも受講し、資格を取っていったというから感心させられる。
照山さん「ツリーイングにブッシュクラフト、プレイパークのプレイリーダーなど、いろいろな講座を受講して資格を取ったり、団体さんのイベントのお手伝いに行ったりもしました。仕事でも楽しくないと面白くないですよね。全力でやるから仕事でも遊びでも楽しくなるんです。これは多分、体育会系な父に育てられ、学生時代も体育会系で鍛えられたことで、つらい練習でも全力で乗り越えた先にこそ良い結果が生まれるというのが分かっているからかもしれません(笑)。結果的に各団体さんとも良い関係を築くことができ、『きゅうでんプレイフォレスト』は第1回から、いろいろな団体さんにご協力をいただき、来場されたご家族連れに喜んでいただける立派なイベントになりました」
>「きゅうでんプレイフォレスト」詳しくはこちら『電力会社が“森の遊び方”を教えてくれる? 子どもをとりこにする「きゅうでんプレイフォレスト」が面白い!』
その後、九州電力 佐賀支店に転勤になったことをきっかけに、照山さんの“まずは何でもやってみる”精神は加速していく。
照山さん「それまでは九州電力本店の所属だったので、基本的にプランを作ることが多い仕事でした。しかし、支店では自分たちが主体となってイベントを運営していくことができるので、何でもやってみたい自分としては、とても楽しかったです。地域の方々を訪ねては新しいイベントを考えたり、逆にイベントがあるよと誘われれば二つ返事で参加したり。そこで染みついた感覚は、今の東彼杵町でも良い方向に発揮されていると思います」
意識したのは地元目線。町ににぎわいを創る「くじら」と「観光交流拠点」
「Qでん にぎわい創業プロジェクト」の発足から約1年間、地域の方々とワークショップや事業検討ミーティングを行ってきたが、現在の照山さんは「くじら焼」作りに精を出している。というのも、ついに事業内容が決定したのだ。2020年11月、その実現に向けて「一般社団法人 九電にぎわい創業カンパニー」を設立。照山さんは東彼杵プロジェクトのリーダーとして、日々、東彼杵町のために汗を流している。
照山さん「ビジネスプランは2つに決まりました。一つは、『くじら焼』と『くじら最中』の販売を2021年2月ごろからスタートすること。実は東彼杵町の基幹産業であるお茶は『そのぎ茶』と呼ばれ、全国のお茶品評会で4年連続日本一になっているほどのおいしさ。そのお茶と一緒に訴求できるお茶うけ菓子として開発中です。地域の皆さんとのワークショップを重ね、町を訪れた方へのヒアリング調査なども行いました。家でも何度も試作をし、妻や子どもたちからも意見をもらったりもしました」
「くじら」をモチーフにしたのは、東彼杵は昔から「お茶とくじらの町」としてインナーブランディングができているから。過去に捕鯨で栄え、今なお鯨肉取引が行われている「くじら」の歴史や文化と、特産品である「お茶」に、協業パートナーも焦点を当ててブランディングしていたこともあり、この「くじら」と「お茶」がテーマとなったそうだ。
照山さん「もう一つは、地元の人と移住者、そして観光客が集うことができる観光交流拠点兼コワーキングスペースを作ることです。現在、町外からの若い観光客はソリッソ リッソに集まり、一方で地元の方たちは道の駅に集うことが多い。この両者が交わることで面白い化学変化がおきるのではないかと感じています。なので、そのちょうど中間になるような、地域内外、老若男女問わず、誰もが気軽に訪れられる交流拠点を作りたいんです。この事業は数年先の実現をと考えていましたが、コロナ禍によって地方移住が注目される今、この追い風に乗るために2021年秋ごろのオープンを目指しています」
現在、これらの事業に携わる人を募集するなど、プロジェクトはより具体的に進んでいる。こうした事業を検討する中で、照山さんにとって協業パートナーはなくてはならない存在だった。ソリッソ リッソを運営する東彼杵ひとこともの公社の代表理事、森 一峻(もり・かずたか)さんだ。
東彼杵町出身で町の活性化の中心的存在である森さんは、「新事業を立ち上げようと思っても、私たち東彼杵ひとこともの公社の力だけでは資金面などでなかなか難しい部分があります。そうした中で、今回のプロジェクトには非常に感謝しています。照山さんは常に地元目線で、親身にいろいろなところでご尽力いただいています。会社との間で板挟みになることもあったのでしょうが、照山さんが私たちのことを考えて間を取り持ってくれたからこそ、ここまでたどり着けたのだと思います。このプロジェクトで仕組みを作り、今後も継続できる事業にしていきたいです」と、感謝の気持ちを言葉にしてくれた。
時には意見を戦わせながらも、町のために何ができるか、自分には何ができるのかを、地域の皆さんと一緒になって真剣に考える。そうして地域と一丸となり、事業を形にしてきたのだ。
照山さん「九州電力が支援者という形に見えるので勘違いされることもありますが、あくまで地域の方々とは対等な立場であると思っています。だからこそ意見をぶつけ合えるし、信頼関係を築くことができる。結局、お互いの根っこにあるのは、この町が好きだから大切にしたいという純粋な気持ち。その気持ちがないと、地域活性化なんでてきません」
そしてもう一つ、照山さんが大切にしているのは、九州電力に根付いている「九州の発展なくして、九電グループの発展なし」という思いだ。
照山さん「会社組織に属していると、どうしても上司を見て仕事をしてしまいがちです。もちろんそれは大事ですが、あくまでも私の仕事は地域の協業パートナーがあっての事業ですし、その先には地域の方々のリアルな暮らしがある。だから、本当に大切なのは、地域の目線に立つことなんです。それを徹底するようにしているので、社内からは『お前は東彼杵の人やろう』なんて言われることも(笑)。でも、それは誉め言葉だと思っていて、胸を張って取り組んでいます。今後も地域目線でいることを忘れずに、このプロジェクトに一層邁進していきます」
■九電にぎわい創業プロジェクトについてはこちら
URL:http://www.kyuden.co.jp/company_local-social_nigiwai_index.html
■電気事業連合会ホームページ「地域共生への取り組み」
URL:https://www.fepc.or.jp/sp/social/