「電力会社」と聞いて思い浮かぶのは、「電気を作り、届ける」こと。でも実は、陰ながら地元のため、環境のためなど、他にもアレコレいろいろな活動をしているのをご存じでしょうか。首都圏エリアなどへ電気を送る送配電事業を担う東京電力パワーグリッドが作ったのは、なんとマウンテンバイクのコース。静岡県富士市に誕生した「Fujiyama Power-line Trail」の魅力を探ります。
送電線の巡視路をMTBコースに!?
発電所で作った電気を私たちの元へ運んでくれる送電線。普段意識していないとなかなか見る機会がないかもしれませんが、日本全国にある鉄塔は約24万基、長さにして約9万キロメートル。注意してみると、いろいろなところで見つけることができるんです。
富士山の裾野に小さく連なって見える白い棒のようなものが鉄塔。世界遺産のふもとにも送電線は延びている
2020年7月、東京電力パワーグリッドが地元の協力のもと静岡県富士市にオープンした「Fujiyama Power-line Trail」(以下FPT)は、そんな送電線に沿って作られたマウンテンバイク(以下MTB)専用の常設トレイル(未舗装路)です。
といっても、一から作り上げたものではありません。もともと送電線の下には鉄塔の点検・整備のために歩く巡視路が通っていて、そこをMTBで走りやすいようにリニューアルさせた、というわけなんです。
送電線の下は木が伐採されていて開けている。深い森の中を走れるというのは特別なシチュエーションだ
そもそもFPTが誕生した背景は、静岡県がサイクルスポーツの聖地として名乗りを上げるほど、自転車に積極的なエリアだから。県内には未舗装路の林道がいくつもあり、MTBとの相性も良好。ここ以外にも少しずつMTB用のコースが増えているのだとか。
もちろん、東京五輪で自転車競技のほとんどが静岡県内で行われることも、こうした動きを加速させる要因になっていることは間違いありません。
オープン時には、地元の自転車ショップなどに声を掛け、イベントを開催。120人ほどが参加した
ちなみに、巡視路をMTBコースにしてしまったら、「点検整備はどうするの?」という疑問が浮かぶことでしょう。確かに昔は人が実際に歩いて送電線などをチェックしていましたが、現在はヘリコプターやドローンを使った空からの巡視が主流となっています。
巡視路をあまり使わなくなったことで、逆に除草などの管理に手間が掛かっていたそうで、MTBコースにして人が頻繁に通れば、そうした心配などがなくなるというメリットもあるのだとか。
スケールがすごい! 山麓を生かした本格派コース
FPTにあって既存のMTBコースにないもの。それは、スケールの大きさです。日本にあるMTB用トレイルは、オフシーズンのスキー場に設置されているものが主流で、数本の短めのコースを楽しめるものがほとんど。
しかし、FPTは送電線の下という特性上、長いトレイルが1本のみ。その分、山道を一気に駆け下りるような爽快感が特徴です。
コースは19基の鉄塔をつなぐ約7キロメートルで、高低差は約200メートル。途中には絶景を楽しめるポイントも
海外では送電線の下をトレイルとして利用するのは珍しくなく、特に北米などの雄大な自然の中にあるトレイルはMTB好きなら一度は走ってみたいと憧れるもの。そういう意味でもFPTはこれまで日本になかったタイプのコースなのです。
岩にタイヤを取られる急な下り坂は、難しいポイントの一つ
鉄塔をこんなに間近に見られるというのも、実は珍しい。コース上で一番古いのは昭和2年に建てられたもので、まだまだ現役だそう
そして、最大の魅力となるのが「自然のままの地形を楽しめる」という点。
日本のMTB向けのトレイルは、走りやすく管理された人工的なコースであることがほとんど。コーナーにはバンク(傾斜)が付いていたり、ジャンプ台があったり。一方でFPTは、あえて手を掛け過ぎず、自然そのままの路面をクリアする楽しさを優先しています。
そのため、コースの表情はとても多彩で、草地に砂地、極めつけは溶岩石の岩場まで。富士山の裾野ならではの路面が次々と現れます。
難易度は高いものの、長い直線の下りは爽快
ただ、その分難易度が高いという一面も。プロ選手や地元のMTBを扱うプロショップの協力のもとにコースは作られているため、中級者~上級者向けの完成度の高いコースになっています。
一番の難所となるのが、急なアップダウン。もともと人が歩くための巡視路だっただけに、上り下りが必要な箇所には階段がありました。階段をスロープ化し、登りやすいようつづら折りなどにしたものの、上級者でないと走破するのはなかなか難しいようです。
森の中を走れる贅沢な空間。送電線がコースの目印に
それでも、実際に走った利用者からは、「自然のままのトレイルを走れるのは貴重」「登りがキツいけど、それがまた面白い」「送電線をたどればいいから、道に迷わないのがいい」といった声が多く届いているそうです。
難易度が高いため、プロ選手が練習コースとして使うこともあるそうだ
秋には陽に照らされ輝くすすき畑の景色も広がる。自然の中ならではの風景を見られるのもFPTのいいところ
MTBトレイルからつなげる地域への貢献
そんなFPTですが、どんな経緯で生まれたのでしょうか。プロジェクト初期から関わっている東京電力パワーグリッド 静岡総支社 しずおか地域活性プロジェクト MTBチームの武田和也さんと廣岡一典さんに伺いました。
「きっかけは2年前に社内で立ち上がった地域活性プロジェクトです。20~30代の若手中心で作った20名ほどのチームで、地域を盛り上げるためのさまざまな事業を検討しました。地域に活かせそうな会社の資源や技術を洗い出していく中で白羽の矢が立ったのが、自社所有しているこの送電線の土地でした」(武田さん)
そこで、MTB好きの一人の社員から「MTB専用のトレイルにしてはどうか」という案が持ち上がり、実現に至ったといいます。
プロジェクトに携わる以前からトレイルランニングが趣味だったというアクティブ派の武田さん
「実は、送電線下の土地を電力会社が保有していること自体が珍しく、通常は地権者の方々からお借りするという形が一般的。今回のFPTは自社所有の土地だったからこそ実現できたものなんです」(廣岡さん)
FPTをきっかけに自転車の楽しさに目覚めたという廣岡さん
今後はFPTをきっかけに自転車の裾野を広げていきながら、利用者にはエリア内の宿泊施設や飲食店なども一緒に楽しんでもらえるような流れを作ることで、地元に貢献していきたい。そんな目的もあるそうです。
2020年11月には、市内で大きな動きも。「富士市」と、FPTの受付・スタート地点となる有料公園「静岡県富士山こどもの国」、地元の社会福祉法人「誠信会」、そして「東京電力パワーグリッド 静岡総支社」とで4者協定を締結。自転車を通じた地域づくりを協力して推進していくことが決まりました。
東京電力パワーグリッド 静岡総支社長の渋井慶次郎さんは、「静岡は自転車県。サイクリストを満足させられる環境が整ってきており、今後はそれらを絡めた『サイクルツーリズム』を推進していくことが静岡の明るい未来につながっていくと考えています」と、展望を教えてくれました。
また、富士市 市民部 スポーツ振興課 主幹の石井俊勝さんは、「このFPTをきっかけに、市内外から富士市を訪れてくれる方々が増え、街の活性化にもつながっていくことを大いに期待しています。富士市は自転車文化を促進するために、これまでも多方面と連携を結んできました。今回協定を結んだ4者が協力することで、市全体でスポーツサイクルの魅力を発信できるエリアに成長していきたい。今後にぜひ期待してください」と前向きです。
御殿場などでも自転車イベントは開催されており、今後、県内全域に連携が広がっていくのが楽しみだ
FPTは、まだ動き出したばかり。実はコースとして使っていない送電線下の土地はたくさんあるそうで、「軌道に乗ればトレイルの全長を伸ばしたり、家族でも楽しめる初心者向けの走りやすいコースを作ったりできたらいいですね」と、武田さん。
富士山のふもとをMTBで走れる魅力満点のスポット。静岡のサイクルツーリズムを広げる一大拠点になる日も、そう遠くなさそうです。今はまだ知る人ぞ知る場所なので、アウトドア好き、自転車好きなら、一足先に訪れてみてはいかがですか?
写真・資料協力:東京電力パワーグリッド 静岡総支社、静岡県東部地域スポーツ産業振興協議会 一部写真撮影:編集部
■DATA
Fujiyama Power-line Trail
住所:静岡県富士市桑崎1015(静岡県富士山こどもの国内)
アクセス:新東名高速道路新富士ICより約15km他
問い合わせ:fujiyamapowerline@tepco.co.jp
予約方法:メールもしくはサポート契約店から申し込み
料金:1日4000円/1名(事前振込)
URL:https://www.tepco.co.jp/pg/company/summary/office/shizuoka/MTB/index-j.html
■電気事業連合会ホームページ「地域共生への取り組み」
URL:https://www.fepc.or.jp/sp/social/