サイエンスエンターテイナーの五十嵐美樹さん
全国各地で科学実験教室やサイエンスショーを開催するとともに、大学での講義や学術研究も行う五十嵐美樹さん。2021年には環境省の浮体式洋上風力発電広報アンバサダーを務めるなど、電気をテーマにした活動に取り組むことも多い彼女に、ご自身の歩みとこれから、そして電気への想いなどをうかがいました。
虹の実験における感動がその後の人生を変えた
――――――まずは科学に興味を持ったきっかけを教えてください。
もともと理科が得意なわけではなかったのですが、中学生の時に虹の実験があり、そこで興味をもったのがきっかけです。
実験内容は、プリズム(ガラスなどの透明な多面体で、光を分散・屈折・全反射等させるもの)に白色光を通すと色ごとに分かれるという現象でした。それ自体はふむふむという感じだったのですが、これが虹の原理だと教えてもらったことで、不思議な現象が解明されたことに感動しました。同時に「科学って面白い!」と思い、勉強にものめり込んでいきました。
――――――そしてサイエンスエンターテイナーになっていったのですね。
大学生の時に、理系の知識と特技披露で競う「ミス理系コンテスト」でグランプリを受賞することができました。そしてこの経験を社会に役立てたいと思って行動し始めたのが、子どもたちに科学の魅力を楽しく伝える仕事です。
ただ、卒業後は企業への就職が決まっていたので、休日を使って科学実験教室を開催する活動から始めました。その後、サイエンスエンターテイナーとして独立。でも最初は、実験をしても科学に関心がある子以外には、なかなか興味を持ってもらえなくて。その中で工夫したことが、もうひとつの特技だったダンスです。
これは小学校の時に通っていた学童教室で、ダンスの先生に教わったのがきっかけ。中学、高校もダンス部で活動していました。いつか大好きな科学とダンスを両方仕事にできたらいいなと思っていたので、願ったり叶ったりでしたね。
サイエンスショー開催時の様子
――――――では、バターダンス(生クリームを振ってバターを作る実験)もそこから生まれたんですね。
はい(笑)。ただ、激しい踊りになった理由のひとつは、そうしないと時間がかかってしまうからです。普通に振っただけでは10分ほどかかるので、お客さんが飽きないように1分半ぐらいで作りたいなと。そこで、オーバーアクション気味なダンスになったというわけです。
バターダンスは公式YouTube「ミキラボ・キッズ」でも視聴できる
このパフォーマンスは子どもたちへのウケもよく、BGMをかけると一緒に踊ってくれるようにもなって。今ではサイエンスショーの見どころのひとつとなっていますね。
――――――サイエンスエンターテイナーとしては、ほかにどんな活動をしていますか?
サイエンスショーは全国の商業施設やお祭りなど、あらゆる場所で披露させていただいています。ほかには、NHK Eテレの高校講座「化学基礎」に出演したり、記事やコラムを書いたりというメディアでの発信活動もありますね。
加えて、大学での講義や研究も行っています。昨年からは東京都市大学人間科学部の特任准教授となり、研究室を持ってゼミ生と一緒に研究したり、週に5コマほど各100分の授業を開講したりしています。
地球温暖化などをテーマにした講演の様子
浮体式洋上風力発電のある地域を訪れて
――――――浮体式洋上風力発電広報アンバサダーの活動についても教えてください。
メインの活動は、身近なものでできる浮体式洋上風力発電装置を子どもたちと一緒に作り、風力発電の仕組みや浮く仕組みを伝えていくワークショップを開発して実践することです。場所は奥尻島や伊豆大島など、現在も浮体式洋上風力発電導入に向けた検討・調査が行われている地域を中心に行いました。
どの地域でも地元の皆さんに温かく迎えていただき、すごく嬉しかったですね。この時の浮体式洋上風力発電装置は100円ショップのPP(ポリプロピレン)シートとモーターなどで作れるものなのですが、子どもたちの反応をもとに今後も改良を重ねていきたいと考えています。
――――――アンバサダーの経験も踏まえ、今後、洋上風力発電を普及させていくためにはどんな課題があると思いますか?
現地に伺う活動を通して、さまざまなステークホルダーの方とお話させていただきましたが、振り返って思うのは各地域にお住まいの方も含めた皆さんが、コミュニケーションを取りながら進めて来られてきたということがとてもよく伝わってきました。
私も訪れた長崎の五島市では当初、浮体式洋上風力発電装置による漁業への影響に対する懸念があったそうですが、平成22年度より行われてきた実証事業によって浮体部分に付着した海藻を求めて小魚が住みつき、それを捕食する魚や甲殻類も集まるようになることで、新たな漁場が創出されるなど、漁業への追い風ともなり得るような影響が確認されたそうです。
また、浮体式洋上風力発電による電気を利用して魚をすり身に加工することで、商品をブランド化し販売や観光にも役立てていました。その背景には発電事業者と地域の皆さんとの積極的なコミュニケーションがあったということを教えていただき、こうした取り組みの大切さを実感しました。
科学の希望や電気の大切さを子どもたちに伝えたい
――――――浮体式洋上風力発電広報アンバサダーの活動についても教えてください。
やはり日本のエネルギー問題に関心があります。世界中で議論されている脱炭素も発電と密接な関係があります。電力事情は地理的状況に大きく左右されるため、国によって方針や取り組みもさまざまですが、日本の場合は、風が強い遠浅の海域が少ない島国であることを踏まえた前述の浮体式洋上風力発電が特徴的な取り組みの1つとして挙げられます。ほかにも水素などを用いた技術革新によって生み出される発電のテクノロジーにも注目しています。そういった科学技術がもつ可能性を伝えていくことで、次世代を担う子供たちの夢や希望を広げていくお手伝いを微力ながらしていきたいです。
――――――発電所に行かれることもありますよね。
はい。先日も、福島第一原子力発電所1号機の目の前まで行かせていただきました。後日映画『Fukushima 50』を改めて観たのですが、当時現場で尽力された方々の行動や思いが一層心に響き、涙しました。
電気を作る仕事は尊く、高い志がなければできないことだと思います。一方で、日常の中では電気はあって当たり前のことと思われている側面もあります。でも、決してそんなことはない。電気がある生活は、そこに携わる方々のおかげで成り立っているということも、子どもたちに伝えていきたいです。
電気の作り方に魅了されている
――――――今後はどんな活動に力を入れていきたいですか?
昨年、ドイツのベルリンで開催された国際科学コミュニケーションイベントで世界の20人に選んでいただき、パフォーマンスをさせていただきました。サーモンピンク色の着物で出演したのですが、海外の方にも非常に喜んでいただきました。科学もダンスも世界共通言語なので、今後も積極的に海外との連携を図っていきたいと思っています。
着物で出演した国際科学コミュニケーションイベントの様子
また、私が受け持つ東京都市大学の人間科学部は、保育士を目指す学生が多い学部です。講義では子どもにどう科学を伝えるかということも話すのですが、私の原点となった体験も踏まえ、子どもたちに科学に触れるきっかけを一緒に創れるよう、学び合いの姿勢を続けていきたいと思います。
――――――最後に、五十嵐さんにとって電気とは?
電気の作り方に魅了されています。サイエンスショーでは、コイルと磁石で電気を作る電磁誘導の装置を製作したりするのですが、ほかにも炭とアルミホイルからだったり、レモンに金属を刺したり、燃料電池を用いて水素から作ったり、いろいろありますよね。
子どもたちにはこうした簡単な装置を通じて電気の作り方に興味を持ってもらうのですが、もちろんこれでは多くの電力をまかなえません。でもだからこそ、安定して電気を供給する発電所のすごさがわかると思います。私も子どもたちへの伝え方をますます工夫するとともに、私自身も電気にまつわる知見も深めていきたいです。
五十嵐 美樹
いがらし みき。東京大学大学院修士課程および東京大学科学技術インタープリター養成プログラム修了。2022年には東京都市大学人間科学部特任准教授に着任するとともに、「Falling Walls Science Breakthrough of the Year 2022」のサイエンスエンゲージメント部門で世界ベスト20人に選出。サイエンスエンターテイナーとして、科学実験教室やサイエンスショーを全国各地で開催している。また、NHK Eテレ「化学基礎」にレギュラー出演中。
公式HP: https://www.igarashimiki.com/
企画・編集=Concent 編集委員会