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石炭灰でアサリが蘇る? 美味しい環境改善プロジェクト

2022.06.23

尾道アサリ01

瀬戸内の島々を自転車で巡る、しまなみ海道サイクリングの起点・終点として多くの人が訪れる広島県尾道市。実はかつてアサリの名産地だったこの街で今、石炭灰の力でアサリを復活させようという新たな試みが進んでいます。中国電力も協力するこの取り組みは、成功すれば再び美味しいアサリがたくさん採れるようになるのはもちろん、ひいては地球環境を守ることにもつながるのだとか。壮大なプロジェクトの中身と現状、未来への希望をご紹介します。


実は尾道名物だったアサリ

 

広島県東部に位置し、瀬戸内海に面して広がる温暖な港町・尾道。

風光明媚な街並みや数々の歴史ある寺社巡りが楽しめるほか、瀬戸内しまなみ海道の玄関口としても多くの観光客やサイクリストでにぎわう街です。

そんな尾道で今注目を集めているのが、アサリの産地復活を目指した実証試験です。

尾道アサリ02
瀬戸内海に浮かぶ向島との間に尾道水道が流れる光景は、この地ならでは

尾道アサリマップ
尾道市東部の干潟で実証試験が行われている

尾道は昔アサリの一大産地であった歴史があり、住民にとってアサリはその時期になればいくらでも採れる、身近な海産物の一つでした。

農家でも仕事の合間、潮が引いたタイミングでサッとアサリを掘りに行っては日中砂抜きをし、そのまま夕飯のおかずにするというのが日常だったのだとか。

尾道アサリ03
昔は尾道で身近な海産物だったアサリ(写真はイメージ)

そのため定番のアサリ汁に加えて、アサリ飯やから揚げにアレンジしたり、贅沢に巻きずしの具に使ったり。

豊富に採れるからこそさまざまな食べ方で楽しめる、豊かな食文化が育まれてきました。

尾道アサリ04
アサリを贅沢に使ったアサリ飯、アサリ汁、アサリのから揚げ

特に尾道のアサリは、殻に厚みがあって身は白く大きく、旨みたっぷり。

初めて食べた人は、「アサリってこんなに美味しいものだったんだ!?」と衝撃を受けるといいます。

尾道アサリ05
大きくプリプリの身の美味しさをダイレクトに楽しめるから揚げ

しかし、海の栄養素不足や、海水温上昇による天敵の増加など、近年の環境変化により尾道で採れるアサリの量は激減。1988年の漁獲量は約1750トンであったのに対し、2018年には約4トンまで落ち込んでいます。

気軽に手に入らなくなったことで、家庭の日常からアサリは姿を消すことに。今の子どもたちは地元産のアサリの美味しさを知らずに育っているという現実があります。

そこで2020年11月、再びアサリの街・尾道を取り戻そうという新たな取り組みがスタート。

地元漁協などで構成する松永湾水産振興協議会を主体に、尾道市、広島大学、中国電力の産官学連携で、アサリを中心とした生態系の回復へ向けた実証試験が始まったのです。

 

アサリ復活のカギは石炭灰!?

 

実証試験の舞台となるのは、東尾道に位置する松永湾の干潟。ここに「Hi(ハイ)ビーズ」という直径1~2センチメートルの粒を散布して、経過を観察しています。

Hiビーズ散布
Hiビーズを散布した際の様子

Hiビーズを敷き詰める
干潟にHiビーズを敷き詰める

Hiビーズは、中国電力の石炭火力発電所で発生する石炭灰に、少量のセメントと水を加えて固めたものです。

石炭灰に含まれるカルシウムやミネラルの作用によって、海や河川の悪臭の原因となる硫化水素を吸収する効果や、赤潮を引き起こす窒素、リンの発生を抑える特性があり、各地でヘドロの改良や水質改善に役立てられているほか、これまでの同社の実験を通じて、アサリの生育に良い影響を及ぼすこともすでに実証されていました。

しかも、同社から出る石炭灰は、その99%以上がHiビーズをはじめとした土木資源などにリサイクルされています。

石炭は植物の化石。それを燃やした後に生じる石炭灰は、自然にも安心して使える素材なんです。

Hiビーズ
石炭(左)を燃やして生じた石炭灰(フライアッシュ。右)を固めてできるのが「Hiビーズ」(中央)

今回のプロジェクトの調査・分析を担当した広島大学によると、Hiビーズにはこうした海の土壌改良に加え、石炭灰に含まれる栄養素やミネラルの供給によってアサリの餌となる細かな藻類を繁殖させる効果があることが改めて確認されました。

さらに、ある程度の厚さで敷設されたHiビーズは、チヌやナルトビエイといったアサリを餌とする天敵から物理的に身を守る、食害防止の効果も高いのだとか。

これらの効果によって、現地の環境は劇的に改善。アサリが全くいないゼロからのスタートだったにも関わらず、今では着実に成長した個体がいくつも確認されています。

Hiビーズの散布
試験場となっている松永湾の干潟。赤く囲まれている付近にHiビーズが散布されている

中国電力 電源事業本部 石炭灰有効活用グループの井上智子さんは、「これまでHiビーズは各地の海や川で成果を出してきましたが、その延長として今回アサリ復活のお手伝いをできることをうれしく思っています」と笑顔。

一方、尾道市 産業部 農林水産課の山田学さんは「これまで漁業者の皆さんがアサリの復活のために、干潟の耕運や保護用の網掛けなどを行ってきましたが、その成果を高めるためには、大変な労力が必要です。そのような中で今回、敷設するだけで食害防止や土壌改善の効果がある新しい技術を投入したとあって、地元の関心は非常に高いです」と話します。

尾道市と中国電力
プロジェクトに共同で取り組む尾道市の山田さん(左)と中国電力の井上さん(右)

「現状、2021年6月と12月に実施した調査では、アサリの個体数が増えたり、水質が改善するなどの効果が確認できており、2022年の調査結果にもさらに期待を寄せています。漁協の方々が主体のプロジェクトですが、市としても引き続き積極的にバックアップしていきたいです」(山田さん)

 

注目のブルーカーボン効果。アサリを守れば、人も地球も守れる

 

尾道産のアサリの復活。それは地元漁業関係者の悲願であり、市民にとっても美味しいアサリが食べられるようになることは非常に喜ばしいことです。

さらに十分な量が採れるようになれば、アサリを使った郷土料理の数々を名物グルメとして打ち出すことも可能になります。

アサリ料理という魅力が加われば、尾道の飲食業や観光業はさらに盛り上がることでしょう。

松永湾のアサリ
実証試験の結果、着実に個体数を増やしている松永湾のアサリ

サポートする市の代表、平谷祐宏(ひらたに・ゆうこう)市長もアサリへの想いはひとしおです。

「私が子どもの頃は、潮が引いたら海へ行ってアサリを採るのが日課でした。掘るというよりは拾うぐらいの感覚で、そこら中にアサリがいたんです。しかも、尾道のアサリは本当に美味しい。だから、皆さんと協力して絶対にアサリを復活させるぞ! という意気込みです。これはアサリ王国・尾道を実現する、アサリ大作戦なんですよ」

平谷尾道市長
尾道の島で生まれ育ち、アサリ愛の深い平谷祐宏市長

また、アサリ復活の取り組みは、脱炭素社会実現の観点からも有益なアクションだといえます。

それは2009年10月、国連環境計画(UNEP)の報告書で、海藻などの生態系の作用によって海中に蓄積される炭素が「ブルーカーボン」と命名され、二酸化炭素(CO2)を吸収する新しい選択肢として提示されたことによります。

干潟にHiビーズを敷くと、その表面が海藻類で覆われます。そして光合成によって二酸化炭素を吸収することで海底に炭素が固定され、「ブルーカーボン効果」を発揮するのです。

「アサリの復活を目指す中でブルーカーボン効果が生まれ、脱炭素社会の実現につながるのは、尾道ならではのスタイル。また、豊かな海が戻ればアサリ以外の魚種も増えるでしょうし、そうすれば漁業も活気づいてさらに街が潤います。尾道に暮らす人にも、尾道を訪れる人にもうれしく、そして地球環境にも優しい。そんな明るい未来を目指して、地元漁協や中国電力さんをはじめ、ぜひ皆さんで力を合わせて一つの成功モデルを作っていきたいですね」(平谷市長)

平谷尾道市長と山田さん、井上さん
「さまざまな人たちの力を結集しながらチームとして挑戦を続け、魅力ある尾道を作っていきましょう!」と団結

火力発電所で出た石炭灰を再利用し、アサリを復活させる。たくさん採れるようになったアサリが市民や観光客の楽しみを増やし、街が活性化する。さらに環境問題の解決にもつながるという壮大なプロジェクト。まさに幸せの循環であるこの輪が、今後ますます大きく広がっていくことに期待が高まります。

地元を想う人たちが手を取り合って、魅力あふれる街に進化し続ける尾道市に、皆さんも遊びに行ってみてはいかがでしょうか。

 


■DATA

東尾道地区におけるHiビーズ実証試験

尾道アサリ

尾道市
https://www.city.onomichi.hiroshima.jp/