レーザー核融合発電のスタートアップ EX-Fusion CEO 松尾一輝さん
日本のエネルギー自給率は2022年度で12.6%と、他の先進国と比べても低い水準です。そんな中、次世代のエネルギーとして注目を集めているのが「核融合発電」。核融合発電の燃料となる重水素は、日本にも豊富にある海水から取り出すことができるため、実用化すれば日本のエネルギー自給率の改善につながります。また、発電時にCO2を排出しないことから、カーボンニュートラル実現にも貢献する「夢のエネルギー」とも呼ばれています。大阪大学発のスタートアップ企業EX-Fusion(エクスフュージョン)を起業し、レーザー核融合発電の実現を目指して日夜奮闘している松尾一輝さん。これまでの歩みや開発に懸ける思いを伺いました。
レーザー核融合の研究者が1週間で起業を決意
――――――EX-Fusionは大阪大学発のスタートアップ企業と伺いました。起業のきっかけを教えてください。
もともと、学生時代に大阪大学でレーザー核融合の研究をしていました。博士課程修了後は、米国カリフォルニア大学のサンディエゴ校に就職し、研究員として研究を続けていました。そんな最中、大阪大学時代の指導教官だった藤岡慎介教授(大阪大学レーザー科学研究所教授)に「レーザー核融合の技術開発をスタートアップで進めていくことに興味がある投資家がいるが会ってみないか?」と声をかけられたんです。突然のことでしたし、私にはスタートアップに関する知識もなかったため、戸惑いました。ただ、自分自身の目標でもある「レーザー核融合で国産のエネルギーをいかに効率よくつくるか」を追求し、実現するためには研究員の職にこだわる必要はなく、スタートアップに身を置いて取り組むことも選択肢だと思い至りました。お誘いいただいてから1週間後には「やります」と返事をして、その翌週には大学に辞職を伝え、日本に帰国して起業しました。
後列の左から4人目が大阪大学時代の松尾さん。松尾さんの左は指導教官だった藤岡慎介教授(提供:藤岡慎介氏)
2021年の起業時はシェアオフィスを借りて小規模で始めた会社も、現在は大阪大学にある産学官連携の研究拠点に本社を置き、静岡県浜松市に自社の研究・実験施設を設けるほどになりました。従業員も今では40名を超えました。EX-Fusionでは、レーザー核融合発電の実証実験から実用化に向けた研究・開発をメインに行っています。賛同してくださる方々から出資をいただいていますが、将来的には研究や開発の費用はレーザー技術を使った事業の収益で賄いたいと考えています。それに向けて、現在はハイパワーのレーザー制御技術を応用したレーザー加工機の開発といった事業も進めています。
――――――大学時代にレーザー核融合研究の道に進んだ理由を教えてください。
大学生の時に、まず研究者になることを決め、何か大きなテーマにチャレンジしよう!と思い浮かんだのが3つの選択肢でした。1つ目は人の寿命を延ばす研究、2つ目は人の生活圏を広げるために月や火星に住む研究、3つ目が無尽蔵のエネルギーを生み出す核融合の研究です。人の寿命は生命倫理に関わることだし、そもそも自分は地球上に住み続けたいし・・・とふるいにかけた結果、核融合の研究に携わることを決めました。消去法のような形での決断でしたが、取り組んでいくうちに面白さにのめり込み、起業までしてしまいました(笑)。
研究の面白さを語る松尾さん
――――――レーザー核融合の研究を進めるうえでの松尾さんの原動力は何でしょうか?
EX-Fusionを立ち上げてから、「どうして自分はレーザー核融合の実現にこだわっているのだろう?」とじっくり振り返ってみたことがあります。その時に確信できたのは、自分の中にある「国産エネルギーをつくりたい」という強い思いです。レーザー核融合で、ずっと低いままの日本のエネルギー自給率を上げることができたら、日本の社会を変えることにつながります。もちろん、レーザー核融合発電は日本のためだけの技術ではありません。実用化できれば、世界のエネルギー市場変革を起こす技術になりうると考えています。
レーザー核融合発電で次世代の国産エネルギーを実現!
――――――そもそも核融合発電とはどういうものなのでしょうか。
核融合発電とは、太陽が熱や光を放つ原理である核融合反応を人工的に起こして、発生するエネルギーを発電に利用するものです。核融合反応とは、質量の小さな原子核同士が融合して、別の種類の少し大きな原子核となる反応で、このときに生まれる非常に大きな熱エネルギーを、発電に利用するのです。燃料には、水素の同位体である重水素と三重水素(トリチウム)を使います。
核融合のイメージ(提供:photoAC)
核融合発電の研究は意外と古く、1950年代から行われていますが、注目度が上がったのはここ数年です。主に2つの発電方法があり、1つは、「磁場閉じ込め方式」と呼ばれるもの。これは、核融合を起こすことができる高温のプラズマ状態を磁場で閉じ込めることによって発電を続ける方法です。一定の発電量をキープできるので、ベースロード電源(季節や天候などに関わらず、一定の電力を安定的に供給し続けることができる電源)として電力を供給するのに向いています。
もう1つは私たちが取り組んでいる「レーザー方式」です。数ミリメートルの大きさの球体の燃料(燃料ペレット)に、四方八方から強力なレーザーを当てて高い圧力を発生させ、燃料を圧縮することで加熱して核融合反応を起こすと、ヘリウムの原子核と中性子が放出されます。
瞬間的に発生する核融合反応を連続的に起こし、放出される中性子を「ブランケット」と呼ばれる機器で受け止めて熱を取り出すことで発電を行います。レーザー照射の繰り返し数をコントロールすることで核融合の発生量をコントロールできるので、発電量を自由に調整することができます。そのため、ピーク電源(エアコンによる電力消費が増える夏の暑い時間帯など、電力需要が増える時に供給できる電源)としても使える点が非常に有用とされています。
磁場閉じ込め方式とレーザー核融合方式はそれぞれメリットが異なる(提供:EX-Fusion)
核融合発電の燃料に使う重水素と三重水素(トリチウム)は、私たちの身近にある海水が資源となります。重水素は海水中に豊富にありますし、三重水素は自然界にはほとんど存在しないものの、核融合発電所内で生み出すことができます。重水素と同じように海水から取り出すことができるリチウムと、核融合反応の際に放出される中性子を反応させると、三重水素を生産できるのです。そのため、レーザー核融合発電は「無尽蔵のエネルギー」と呼ばれています。
核融合発電の燃料は海水が資源となる(提供:北村笑店 / PIXTA)
――――――燃料が海水から取り出せるので、国産エネルギーとして期待できるわけですね。
レーザー核融合発電は、石油やLNGのように産出国から輸入しないと手に入らない資源を燃料とするのではなく、国内にある海水資源を元に、技術の力で莫大なエネルギーをつくり出す、“「資源」ではなく「技術」で発電する方法”です。実現すれば、発電技術の大きな転換点になると考えています。またレーザー核融合発電は、発電する時に二酸化炭素を出さないので、カーボンニュートラル実現に貢献する次世代のエネルギーとして注目されています。
また安全性の観点からは、核融合反応は外部から圧力をかけて初めて起こるという点がポイントです。もし、地震などで装置が壊れてしまっても、圧力がかからなければ核融合反応は起こらないので、原理的に暴走することはありません。こういったことが、核融合発電が比較的安全だと言われる理由です。
2040年代にレーザー核融合発電の実用化を目指したい
――――――レーザー核融合発電の実用化の目途は立っているのでしょうか?
実用化まで漕ぎつけるには、高度な条件をクリアしなければいけません。今後、①高精度なレーザー制御技術をシステムとしてつくり上げる、②レーザーの出力をアップグレードしてレーザー核融合反応を連続で起こせるようにする、③さらにレーザーの出力をアップグレードして核融合反応を起こし、発電を実証する、という3段階の技術進展が必要です。まずは、ここまでを2030年までに実現することを目指しています。段階③まで実現できても、最初はごくわずかな発電量となる見込みですが、まずは実現可能性を実証することが重要だと考えています。
現在取り組んでいるのは、段階①で、レーザーを照射する精度を高める研究を行っています。レーザー核融合の商用炉では、30m先にある1~3ミリメートルのサイズの燃料に向けてレーザーを確実に照射することが必要です。しかも、この小さな燃料は、時速に換算すると約450㎞というF1カー並みの速さで飛び回っています。それらに、髪の毛より細い10ミクロン以下のレーザーを照射する作業を、1秒間に10回というすごい速度で繰り返す必要があります。まずは段階①の実現に向けて、2024年4月に静岡県浜松市にレーザー照射の実証設備をつくり、今年度中に検証を完了させられるよう取り組んでいます。
レーザー制御技術の確立を目指し実証を行っている(提供:EX-Fusion)
段階③まで達成できれば、技術開発の面では実用化に大きく近づきます。そこから商用炉開発までに、乗り越えるべき技術的な課題はほとんどありません。発電量を増やすためには、レーザーの本数を増やし、レーザーの規模を上げていけば良いだけなんです。
一方で、核融合発電の実用化に向けては、技術確立のみならず環境整備も必要です。例えば、燃料の調達から電力を送り届けるまでのサプライチェーンの確立や、放射線やプラズマの制御に関する安全規制の整備などは今後の課題です。実際に電力を供給する場合は、安価な電気料金を実現することが必要ですから、設備の製造費用など、コスト面の課題も克服しなければなりません。事業者として、政府や協力企業と対話を重ね、一つひとつ対応していきたいと考えています。
――――――私たちがレーザー核融合発電で発電した電気を使えるのはいつ頃でしょうか?
今のところ2040年代を見込んでいます。それまでに実現できなければ、2050年のカーボンニュートラル実現には貢献できません。また2040年頃には、これまで世界中に石油を輸出してきたサウジアラビアが、石油の輸入国に変わるというような予測もあります。国の発展に伴い、石油の消費量が増え、他国に輸出する余裕がなくなるのだそうです。日本はサウジアラビアを始めとした中東各国から多くの石油を輸入していますから、それが絶たれてしまっては大問題です。やはりエネルギーを他国に依存することはリスクだと言えます。自国で安定的にエネルギー、電気を賄えるようにするため、2040年代までにはレーザー核融合発電でエネルギーの国産化を実現させたいと思っています。
さらに、近年は、生成AIや半導体製造など、大量の電力を消費する技術が増えています。人間が食べ物を食べて動くように、いわば“電気を食べる”技術だと言えるでしょう。日本では、将来的に人口が減っても、エネルギー需要が減ることはなく、むしろ増加すると予想されています。エネルギー自給率の向上は、何としても解決しなければならない重要な課題なのです。
身振り手振りを交えながら、レーザー核融合発電の実現に懸ける想いを語る松尾さん
――――――使命感を持って技術の開発を進めているのですね!
こういった話をすると、国のために研究をしている「いい人」のように受け止められますが、ベースにあるのは「レーザー核融合発電で、日本が抱えるエネルギー問題を解決できたら面白い」という研究者としての純粋な探求心。それほど視座が高いわけではないんです(笑)。
起業してからは経営者の方々と話をする機会が増え、レーザー核融合発電を進める目的についての視座は一段高くなりました。また、一緒に仕事をしているメンバーは、日本のエネルギー問題に真摯に向き合っている人たちばかりで、大きな刺激を受けています。それでも、自分自身の根幹にある、「実現すれば面白い」というマインドを大事にしながら、核融合発電の実現に向けて日々の技術開発に取り組んでいます。
2025年大阪・関西万博でレーザー核融合への正しい理解を広めたい
――――――2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)にも出展されると伺いました。
1週間の期間限定で「大阪ヘルスケアパビリオン」に出展し、レーザー核融合の仕組みや技術に関する展示を行う予定です。万博の来場者には、将来レーザー核融合発電でつくった電気を使う可能性のある方々も含まれており、老若男女いろいろな方と接点が持てる貴重な機会です。技術はもちろんのこと、安全性を高める取り組みなどもしっかり伝えて、正しく理解してもらう場にしたいと考えています。
また、こういった場所でレーザー核融合の技術をアピールすることで、研究人材の発掘にもつなげたいですね。私たちと一緒に技術開発をやっていきたい、という志を持ってくれる仲間が1人でも増えたらいいなと思っています。
EX-Fusionが開発を進めるレーザー核融合炉(提供:EX-Fusion)
――――――松尾さんにとって「レーザー核融合」とは何でしょうか?
一言でいうと、「エネルギー変換の歴史を閉じるもの、完結させるもの」です。人間の歴史は、エネルギー変換の歴史でもあります。火の利用から始まって、蒸気をつくり出し、蒸気で電気をつくり出す技術を生みだしました。電気は光をつくり出し、そして私たちが扱うレーザー技術などが生まれました。
レーザー核融合は、端的に言うと電気でつくられた光のエネルギーを熱エネルギーに変換するものです。エネルギーの変換を繰り返すと、普通はロスが生まれるため、エネルギーの総量が少なくなります。でも、レーザー核融合の技術を確立すれば、光を熱に換える時に何百倍ものエネルギーを生み出すことができます。これまでのエネルギー変換の歴史では、化石燃料を燃やすなどして生み出した熱エネルギーから電気をつくり出してきましたが、レーザー核融合では、いわばレーザーをつくり出す「電気の力」によって莫大な熱を生み出し、この熱から電気をつくり出すことができます。これは非常に革新的であり、エネルギー変換の歴史を大きく変え、過去の歴史を「閉じる」ものだと考えています。レーザー核融合発電の実用化こそが、資源確保面、環境影響面も含め持続可能な社会を実現させるものだと確信しています。
研究が面白い!という気持ちが全身からあふれ出てくるように、核融合についていきいきとお話してくださった松尾さん。Ex-Fusionさんが核融合発電を実現させ、すてきな社会を実現する日が楽しみです。
松尾 一輝
まつお かずき。株式会社EX-Fusion CEO。1992年生まれ、岐阜県出身。大阪大学大学院博士後期課程 理学研究科物理学専攻を修了し、理学博士を取得。在学時は高速点火方式核融合の研究に注力。博士課程修了後、2020年からはカリフォルニア大学サンディエゴ校で、核融合の研究に従事。2021年に株式会社EX-Fusionを設立。
株式会社EX-Fusion ホームページ: https://ex-fusion.com/
企画・編集=Concent 編集委員会
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