空想科学研究所 主任研究員・明治大学理工学部兼任講師 柳田 理科雄さん
アニメや漫画など、作品の中で表現される様々な事象を、科学的な視点で検証する「空想科学研究所」の主任研究員・柳田理科雄さん。1996年に執筆し、大ヒットした『空想科学読本』はシリーズ化され、現在も多くの人に親しまれています。
これまで検証してきたテーマは何と1000以上に上るそう。中には、『新世紀エヴァンゲリオン』の「ヤシマ作戦」にかかった電気代は?など、電気やエネルギーを取り上げたものも数多くあります。ライフワークとして、作品の世界で起きる物事をあらゆる角度から検証している柳田さんに、これまでの歩みや、空想科学を通して伝えたい想い、カーボンニュートラルに向けた取り組みなどについて聞きました。
『空想科学読本』は中学時代の何気ないおしゃべりから生まれた!
――――――まずは柳田さんが科学に興味を持ったきっかけを教えてください。
僕は1961年生まれ、鹿児島県の種子島出身です。身の回りには自然があふれていて、いろんなものに興味を持つようになり、いつしか自然や科学が大好きな少年に育ちました。幼少期の頃、種子島にロケット基地(JAXA種子島宇宙センター)ができて、そこから打ち上げられるロケットが大きくなっていくのを見ながら、「いつか人間が乗れる大きさになって、僕はそれに乗って宇宙へ行くんだ」と固く信じていました。
当時憧れていたのは、『科学忍者隊ガッチャマン』や『ウルトラマン』に出てきた博士たち。『科学忍者隊ガッチャマン』の南部博士は、人が空を飛べる「バードスーツ」や合体変形するマシンを造ることができるだけでなく、敵の攻撃の裏付けになる科学的理論も見抜くという万能科学者でした。『ウルトラマン』の岩本博士は、ウルトラマンが敵わなかった宇宙恐竜ゼットンを倒す新型爆弾を造ったすごい人。「地球を救ったのはウルトラマンではなく岩本博士だ!」と、僕はものすごく感動しました。フィクションの世界の博士たちに憧れているうちに、湯川秀樹博士や朝永振一郎博士といった、現実世界に実在するすごい科学者(物理学者)の存在も知り、自分もその道に進みたいと思うようになりました。
柳田さんの執筆部屋でインタビュー。壁一面の本棚には、物理や生物などの書籍のほかに、これまで検証してきた漫画が所狭しと並んでいた
――――――子どもの頃から科学者を目指していたのですね。
そうですね。中学生になると、休み時間のたびに友人たちと「ウルトラマンの体重は重すぎないか」とか、「宇宙戦艦ヤマトで大マゼラン星雲に行くのは大変じゃないか」とか、そんな話ばかりしていました。当時はまだ「オタク」という言葉もなく、中学生にもなって特撮ものやアニメを見るなんて恥ずかしいとされる時代だったので、周りからは白い目で見られていたかもしれません(笑)。
その後、科学者になるために東京大学に進学したのですが、授業に馴染むことができず中退。学習塾を立ち上げました。しかし、「本物の勉強」と銘打って、「覚えようとするな、考えろ」という方針で指導していたところ、成績アップには繋げられずに生徒数が激減し、経営は苦戦。今振り返ると、ちょっと理想に走り過ぎていたのかもしれません。
ちょうどその頃、出版社に勤めていた中学校の同級生(現:「空想科学研究所」所長・近藤隆史さん)が、僕が経済的に大ピンチだという話を聞いて、「中学校の休み時間に話していたことを本に書いてみないか」と提案してくれたんです。それが『空想科学読本』の始まりでした。
1996年に『空想科学読本』の第1巻を刊行。現在は『ジュニア空想科学読本』が子どもたちに愛読されている
科学を使えば作者の想像を超える世界が見えてくる
――――――大ヒットした『空想科学読本』の原点が中学生時代のおしゃべりだったとは驚きです。「空想科学」についても詳しく教えてください。
「空想科学」とは、文字のごとく、漫画、アニメ、特撮、昔話などの「空想の世界を科学で解明する」ものと考えています。アニメや漫画の世界を科学で検証していくと、作り手が表現しようとしていること以上に奥深い何かが見える気がするときがあるんです。
例えば、ウルトラマンを倒した宇宙恐竜ゼットンが口から吐く火球の熱さは1兆度。仮に直径が1mだとすると、地球はおろか木星あたりまで即座に蒸発させてしまうほどの威力です。作り手の想像を超える世界が、科学を使って解釈すると見えてくる。それを考えるのは非常に楽しいですよね。
素晴らしい作品たちは、その世界を生み出し、愛する作り手たちがいたからこそ生まれたものです。作品に出てくるキャラクターや世界観は、どれもすごく魅力的です。「空想科学」では、面白くなりそうだからといって、好き勝手に批判したり、無茶苦茶に書いたりすることは絶対にありません。作者が大事にしているものは僕も大事にしたいのです。あくまで一つの見方として、表現されている事象を検証し、 「科学的に見てもやっぱりすごい」ということが伝わるように心がけています。
『キン肉マン』悪魔超人・ステカセキングの「100万ホーン」を科学的に考える
――――――これまで検証されてきたテーマの中で、特に印象に残っているものを教えてください。
『キン肉マン』に出てくる悪魔超人・ステカセキングは印象深いキャラクターですね。ステカセキングは両足がヘッドホンになっていて、対戦相手の耳に押し付けて強引に「100万ホーン」もの音量で音楽を聴かせるんです。皆さんはこの「100万ホーンの音」って想像できますか?
「ホーン」とは音の大きさを表す単位で、人間の耳で音を聞いたときの感覚を表す単位です。一定の条件を置いて、「100万ホーンの音」がどのようなものなのか、計算してみましょう。まずは「ホーン」を音の強さやパワーを表す「デシベル」に変換して、それから「1秒間に放つエネルギー」を示す「ワット」に変換すると、なんと10の9万9988乗ワットにもなります。1秒鳴り響いたら10の9万9988乗ジュール(※)で、これは地球が消滅するどころか全宇宙が消え去るほどのエネルギーです!宇宙が生まれたビッグバンのエネルギーは10の73乗ジュールくらいですから、それより9万9915桁も上ということになります。あまりにもすごすぎてイメージするのが難しいくらいですよね。
※1ジュールは、1ワットの出力を1秒間出したときのエネルギー。
もし、エネルギーの面で、最強のキャラクターは誰かと聞かれたら、僕はこのステカセキングを推します。もしステカセキングが人類のためにエネルギーを小出しにしてずっと供給してくれたら、地球のエネルギー問題は何の心配もなくなるんじゃないでしょうか(笑)。
悪魔超人・ステカセキングが発動する「100万ホーンの音」について、サラサラと紙に書きながら説明してくれた
アニメや漫画には子どもにとっても身近な不思議がたくさんある
――――――『空想科学読本』シリーズは 20 年以上にわたり愛され続けています。柳田さんが検証と執筆を長年続けてこられた原動力は何でしょうか。
書き始めた頃は、塾の経営に苦労していましたから、お金、いわば生活のために書いていました。それが、2巻、3巻と続けていくうちに、読者から感想のはがきが送られてくるようになり、人を楽しませることの面白さを感じるようになりました。今も、子どもたちが講演やイベントで僕の話を聞いて笑ってくれることや、「本読んでます!」と話しかけてくれることが、本当に強力な原動力になっています。
――――――多くの読者が興味・関心を寄せ続けているポイントは、どのような所にあるとお考えですか。
やはりアニメや漫画を題材にしているからだと思います。毎週のように新しい作品が世の中に登場していて、子どもたちはそれらをとても熱心に読んだり、観たりしていますよね。僕が子どもの頃は、身近な自然の中に不思議や疑問を見出していたのですが、最近の子どもたちにとってはアニメや漫画の世界こそが、その出発点なのでしょう。例えば『鬼滅の刃』を観て、「なぜ鬼は人間を食べるんだろう?」と疑問に思うわけです。そこで科学的に検証してみると、意外に面白い結論が出たりするんです。
ちなみに「なぜ鬼は人間を食べるのか」を僕なりに紐解いてみます。鬼には、肉を食べ、血をすするような怖いイメージがありますよね。まず、人間は体脂肪がすごく多い動物です。太っているイメージを持たれがちな豚の体脂肪率は平均18%ですから、人間の方が体脂肪率が高いんですよ。もしかしたら、鬼は脂身が好きなのでは?と考えることができます。また、人間は体重に比べて血液が多い動物でもあります。血液は人間の体じゅうに栄養分を送り届けますが、実は、なんとその栄養分の20%が脳で消費されるんです。多くの血液が作られ、それが体の中を巡り、脳を活動させているんですね。こうしたことを考えると、鬼にとっては、人間がご馳走に映るのかもしれません。
「鬼が人間を食べる理由」をはじめ、さまざまな空想科学について楽しそうに語る柳田さん
このように、人間の体の仕組みに注目してみることで、鬼が人間を食べる理由が浮かび上がってくるのです。「なぜ鬼は人間を食べるんだろう?」という疑問に対し、こんな回答を伝えてあげれば、子どもたちもスッキリするのではないでしょうか。
――――――「空想科学」を通して科学の面白さを世の中に伝え続けることで、どのような変化を期待されていますか。
空想科学をきっかけに、科学を好きになる子どもがもっと増えてほしいですね。社会が発展していくためには新しい発見が必要ですが、その新しい発見につながるのは「いろいろなものの見方」と「多様であること」だと思います。
科学には効率最優先なイメージがあるかもしれませんが、決してそんなことはありません。例えば、いかに低価格で大量のエネルギーをつくりだすかを一番に考えていたのは昔の話で、今は地球温暖化を防ぐために、どうしたらCO2を減らせるかも一緒に考えなければいけません。エネルギー効率ばかり考えていた頃とは違う取り組みや高度な技術が必要ですが、そこには科学がこれまで以上に役立つ余地が大いにあります。子どもたちが科学を好きになり、そして研究に携わる人が増えれば、視点が増えて多様な考えが生まれるでしょう。それが、将来役立つ新しい発見に結びつくかもしれませんよね。
カーボンニュートラルの実現は一人ひとりのやる気にかかっている
――――――2050 年カーボンニュートラルの実現に向けて、さまざまな技術が開発されています。日本のCO2排出量の約4割を占める電力部門において、柳田さんが注目しているポイントはありますか。
これまでの電力供給は、大規模発電、大規模送電が基本でしたが、これからは、それぞれの家庭や地域で小規模に電気を作って使うことも重要になると思います。発電所を小規模で設置できる再生可能エネルギーの重要度がさらに増すかもしれません。各家庭や地域で発電して、それぞれの場所で電気を使えれば、送電によって発生する電気のロスがなくなります。ただ、これは再生可能エネルギーだけを使えば良いということではありません。大きな工場でたくさんの製品を造ったりするためには、たくさんの電気を安定して使えるようにしておく必要がありますから、火力や原子力などの大規模な発電所でまとめて電気を作り、使うところに送る方が効率的です。どれか一つのエネルギーに頼るのではなく、いろいろな発電方法、様々な技術を組み合わせて使うことが大切だと思います。
――――――電気やエネルギーは難しく捉えられがちですが、多くの方に興味や関心を持ってもらうためにはどうしたら良いでしょうか。
何かについて話し合ったり、興味を持ってもらったりしたいとき、「〇〇とは何か?」という問いかけを相手にしても良い答えは出てきません。何かの定義を完璧に答えようとすると、難しくなってしまうんですね。そこで、切り口を変えて「電気とは何か?」「エネルギーとは何か?」ではなく、「電気やエネルギーで何ができるのか?どういう風に役立っているのか?」という問いかけに変えてみると、途端にいろいろなものが見えてきます。
電気があれば照明で部屋が明るくなる、炊飯器でご飯が炊ける、音楽が聴ける……。何ができるか、これから何ができそうかを想像するだけで、ワクワクしてきませんか?電気やエネルギーがより身近に感じられますし、自分事として捉えることができそうですよね。
「難しいイメージがあるのは科学もエネルギーも同じ。最初の障壁を取り除くのが大事」と話す
――――――日本が2050年にカーボンニュートラルを実現させるためには、どのように取り組んだらいいのでしょう?さまざまな事象を検証されている柳田さんの考えをお聞かせください。
まずは皆さん一人ひとりのやる気と行動が大切です。自分一人に大した影響力はないなどと思わず、それぞれが真剣に考え、なるべくCO2を排出しないような行動を日常で心掛ける必要があります。それから、国全体で大規模に取り組むことも必要ですよね。例えば、排出されたCO2を回収する技術(※)がありますが、これには今までになかった新しい装置や設備が必要になってきます。こうした脱炭素化の取り組みを進めるためには、現実的な問題としてお金がかかります。カーボンニュートラルを実現するためにトータルでいくらかかるのか、その金額を全員でどのように負担するのかなどをきちんと検討し、明確にした上で、政府から国民に対してきちんと説明したり、協力を呼び掛けたりすること、そして国民も理解を深めることが必要だと思います。使えるお金には限りがありますから、問題解決のためには科学の出番です。どうすればコストを抑えてカーボンニュートラルが実現できるのか、10年以内に良い方法が見つかれば、2050年カーボンニュートラル実現への道がぐっと明確になってくるかもしれません。
※代表的なものとして、CCS(Carbon Capture and Storage)という「二酸化炭素回収・貯留」技術がある。発電所などから排出されたCO2を集め、地中深くに埋める(貯留・圧入する)ことで、CO2排出量を削減する取り組み。
そもそもカーボンニュートラルとは、CO2をはじめとする温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにすることです。排出量から吸収量を差し引いてゼロにするという考え方ですから、「CO2を出すこと=悪」とするのではなく、全体のバランスを考えることが大事。俯瞰的な視点から、日本だけではなく地球全体のことを考えて、総合的にベストな方向に持っていくのが一番の理想だと思います。
――――――最後に、柳田さんにとって「電気」とは、そして「空想科学」とは何でしょうか。
電気はもはや「空気や水と変わらないくらい不可欠なもの」。僕の場合は、電気が止まってしまうとパソコンが動かないので、自分の仕事すらできなくなります。昔の人が電気なしでも暮らせたのは、電気がなくてもできることしかしていなかったから。今はそうではありませんので、電気が止まってしまったら生活は成り立たないでしょうね。
そして、「空想科学」は僕にとって「楽しくてたまらない遊び」です。もはや生きることそのものと言ってもいいかもしれません。アニメや漫画の世界に何とか手が届く方法はないか考えて、その入口が見つかったときの喜びは、何回味わっても飽きることがありませんね。
アニメや漫画、科学の話をにこやかに、そして真摯にお話ししてくれる柳田さんの姿はとても魅力的でした。私たちの普段の生活でも、「気になる」「面白そう」と感じたことを、一歩踏み込んで探求してみると、新しい発見に出会えるかもしれませんね。
柳田 理科雄
やなぎた りかお。1961 年鹿児島県種子島生まれ。アニメや漫画の世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。全国の学校、図書館に向けて「空想科学 図書館通信」を毎週配信中。明治大学理工学部の兼任講師も務める。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。理科雄は本名で、ガガーリンが宇宙へ行ったことに感動した父・長谷男さんが「これからは科学の時代だ」という思いを込めて命名した。
空想科学研究所公式HP:https://www.kusokagaku.co.jp/
企画・編集=Concent 編集委員会
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