電力系ユーチューバー 伊藤菜々さん
電力系ユーチューバー(電気予報士)として、電気やエネルギーのことを幅広く発信している伊藤菜々さん。電力に関するニュースの解説、発電所や送配電設備の現場レポートといった、電気やエネルギーについて楽しく学べる動画が人気を集めています。そんな伊藤さんに、これまでの歩みや日本のエネルギーについての思いを伺いました。
独学で電気を学び電力系ユーチューバーに!
――――――まずは、伊藤さんが電気やエネルギーに興味を持ったきっかけを教えてください。
実は私、もともと文系で数学や物理は大の苦手。大学では経済を学び、その後は先物トレードを扱う会社に入社しました。そんな私がエネルギー業界に関わるようになったきっかけは、再生可能エネルギー(以下、再エネ)を対象とした投資ファンドの運営会社へ入ったこと。2012年に固定価格買取制度が始まって、再エネが投資商品になり始めていた時期だったんです。その後、2016年に行われた電力全面自由化によってビジネスのチャンスが生まれた、電力小売事業の新規立ち上げをやってみませんかと誘っていただき、いわゆる「新電力」の会社に転職しました。
その会社では、営業で日本全国を飛び回る生活をしていました。その時、「電気って離島から山奥まで、本当にどこにでもあるんだな」と実感したんです。電気は生活にも産業にも欠かせないもので、この先も絶対になくなることはありません。電気に関われば、どこにいても仕事ができると考えるようになり、5年前に独立して、新電力の立ち上げを検討する方々へのコンサルティングを行う会社を起業しました。
「電気が好きなんです」と楽しそうに話す伊藤さん
――――――電気に関する様々な動画を発信されています。きっかけは何ですか?
起業したばかりの頃は、いろいろな会社が新電力として電力小売事業に参入してきたタイミングでした。電力自由化やカーボンニュートラルの流れも相まって、業界を取りまく制度はとても複雑。コンサルティングを行う中、自分で学ぶうちに、それまで知らなかったことがたくさんあることに気づき、「多くの方に電気の正しい情報を知ってもらいたい」という思いが湧いて、「電力系ユーチューバー」として動画で情報を発信する活動を始めました。
事業の方は、始めた当初は順調でしたが、起業して約1年後、商品である電気の市場価格が高騰し、安く調達することができなくなったために、新しく参入した多くの会社で事業を継続するのが難しくなってしまいました。その時に、電気を売ることだけを考えていては駄目だと気付き、日本のエネルギー全体に目を向けるようになりました。
また、当時はお客様に技術的なことを聞かれても、適切なアドバイスをすることができていませんでした。でもそれでは無責任かもしれないと考えるようになり、電気に関する制度や技術的なことについてしっかり勉強しなくてはと思い、いろいろな資格を取り始めました。それまでは小売事業を取りまく制度を中心に伝えていたのですが、発電や送配電のこと、私自身が挑戦する資格のことなど、電力全般に関する情報を発信できるようになり、幅が広がりました。
電力系ユーチューバーとして2020年から動画配信を続けている(引用:スタジオガルHP)
電験三種は「電気のお医者さん」!難関の国家資格に挑戦
――――――伊藤さんは国家資格である「電験三種(第三種電気主任技術者)」の試験に合格されています。資格取得を目指した理由を教えてください。
電気について発信するならちゃんとした知識を持っていたいと思うようになり、また、カーボンニュートラル実現に向けて電化が進んでいくことが見込まれる中、「電気主任技術者」の活躍の機会はますます広がるはずだと考え、資格取得を目指しました。「電気主任技術者」とは、すごく簡単に言うと、工場やお店などで電気が安全に使えるように設備を守るための国家資格で、「電気のお医者さん」というイメージですね。
電験三種の資格を持っていると、高い電圧で電気を使う商業ビルなどの設備を点検することができます。日本にある9割以上の建物に対応できる資格です。日常の点検だけでなく、事故があったときに復旧に行くこともある、大事な仕事です。
実は、私の父は電験二種の資格を持っていて、電気主任技術者として仕事をしているんです。子どもの頃を振り返ると、個人事業主として顧客の方の設備を点検しつつ、仕事を終えれば早めに家に帰って夕飯の時間を家族と一緒に過ごしてくれて、働き方として理想的だなと思っていました。資格を取得するためには、勉強をしっかりする必要がありますが、社会的ニーズが高くフレキシブルに働ける仕事だと思うので、時短勤務を希望する方や、定年後に長く働きたい方にもおすすめしたいです!
電気主任技術者として電気設備の点検を行う伊藤さん
――――――電験三種は合格率10%程度の難関資格だと伺いました。勉強を始めてから合格するまでは、どのくらいかかりましたか?
約1年半です。試験には理論、電力、機械、法規の4科目があり、最初にどれか一つの科目に合格した年から3年以内に全科目に合格しなければいけません。私は「一発で4科目取る!」と宣言していたのですが、最初の試験で合格したのは2科目のみ。一発取得は叶いませんでしたが、半年後に受けた2回目の試験で残りの科目にも合格することができました。
――――――YouTuberとしての活動もある中で、どのように勉強されていたのでしょうか。
私の場合、1つの科目の1単元の勉強を終えるたびに、学習内容をまとめた動画を作ってYouTubeで配信していました。知識をアウトプットすることってすごく大事なんです。もし人にうまく伝えられなければ、ちゃんと頭に入っていないということになりますから。「これはもっといいやり方があるよ」「この計算は絶対覚えた方がいい」と、動画のコメント欄でいただく視聴者の方からのアドバイスもとても参考になりました。知識をインプットして、それを自分なりにアウトプットして、皆さんからフィードバックをいただくという流れで勉強を進められたのがとても良かったと思っています。
電験三種の試験に向けて勉強した内容を動画で配信(引用:YouTubeチャンネル「電気予報士 なな子のおでんき予報」)
――――――今は電験二種の取得も目指していらっしゃるのですね。
はい。電験二種は三種の上位資格で、取得できれば、三種で対応できる設備よりももっと大きい(電圧が高い)、遊園地などにある設備を点検できるようになります。私は昔から「某“夢の国”で仕事をしたい」という願望を持っているのですが、普通に考えるととても難しいですよね。でも電験二種を持っていれば、“夢の国”で働ける可能性が出てきます。そう考えると、電験という資格には夢があると感じませんか(笑)?
難しいイメージがある電気やエネルギーを「なんか楽しそう!」に変えていく
――――――電気やエネルギーの情報を広く伝えるうえで、大切にしていることを教えてください。
やはり一番は「楽しくわかりやすく」ですね。電気やエネルギーって本当に幅広くて、発電、送配電といった電気を実際に扱う事柄から、脱炭素、省エネなど人々や社会との関わりに至るまで、いろいろな要素が関係していて難しいんです。でも、電気は毎日使うもので、人々の暮らしに欠かせないですし、契約する電力会社はもちろん、何で作られた電気を使うかなども、使う側が「選ぶ」時代です。そう考えると、使う側が大まかにでも電気やエネルギーのこと、そしてそれにつながる世の中の話題やニュースを知っておく必要があると思うんです。
また、今は省エネの呼びかけがある一方で、急速に普及が進み、使われずに余っている再エネを使ってもらおうと、太陽光発電の量が大きくなる昼間の時間帯に電気の使用をすすめるキャンペーンがあります。どちらも大事なことなんですが、なぜ電力会社がそういう呼びかけをするのか、使う側が知らなければ、省エネした方が良いのか、電気を使った方が良いのか、訳がわからないと思うんです。まずは、私が身近な一つひとつの事象を読み解いてわかりやすくお伝えし、「それにはこんな理由があるんだよ」ということを皆さんに知ってもらえたらいいですね。そして、難しいイメージがある電気を「なんか楽しそう!」と思ってもらうことが、電気やエネルギーについての理解を深めてもらう第一歩かなと思っています。
日本有数の大規模な水力発電用のダム「黒部ダム」(富山県)をレポートする伊藤さん(引用:YouTubeチャンネル「電気予報士 なな子のおでんき予報」)
「同時同量」で電気が安定的に使えることを伝えたい
――――――YouTubeチャンネルには900本以上の動画をアップされていますが、どの世代の視聴者が多いのでしょうか。
私のチャンネルの視聴者層は25歳から55歳くらいと幅広いのですが、これからエネルギー関連のお仕事紹介や自由研究に役立つ動画なども配信して、10代や20代前半の若い方にも興味を持ってもらいたいと考えています。
今の日本では停電することがほとんどありませんし、電力に関しては本当に恵まれていますが、今小学生くらいの子どもたちが大人になる頃には、電気を安心して使えなくなってしまう可能性があるんです。これからの産業を支えるAIや半導体工場はたくさんの電気を使うため、人口の減少が進んでも、電力使用量は将来的に増えるという試算が出ています。つまり、使える電気の量を計画的に増やすことを考えていかないと、日本で産業が育たなくなってしまいます。だからこそ、若い方や子どもたちにも電気について関心を持ってもらいたいんです。個人的には、小学校で「電気」や「エネルギー」という科目を作って学んでほしいと思っています。
――――――若い世代も含め、みんなで電気やエネルギーについて考えていく必要がありますね。
その一歩として、まずは電気を安定して使うために大切な、「同時同量」というキーワードをみなさんに知っておいてほしいです。同時同量とは、電気の使う量と作る量が、同じ時に同じ量になっているということ。使用量と発電量、つまり需要と供給が常に一致していないと、電気の品質が下がり、大規模な停電につながってしまうんです。
例えば、予想より暑くなって電気がたくさん使われる日には、電力不足にならないよう、電力会社はさまざまな対応をしています。電力会社間で電気を送りあったり、火力発電をオーバースペックで稼働させたりして、停電を回避するために力を合わせて何とか調整しています。
CO2を排出する火力発電は脱炭素の面から悪者にされがちですが、発電量を調整することで同時同量を支えているんですよね。そして、24時間365日体制で電力のバランスを監視したり、バランス維持のための指令に従い発電量を調整したりしている電力会社の方も、支えてくれています。使えるのが当たり前の電気ですが、背景も含めて「同時同量」というポイントをぜひ覚えておいてほしいですね。
「同時同量は知っておいてほしい」と力強く話す
未来を見据えて日本のエネルギー自給率の向上を
――――――伊藤さんが考える、日本のエネルギー政策の課題は何でしょうか。
日本のエネルギー自給率の低さですね。日本は海外からたくさん資源を輸入しています。2021年度のエネルギー自給率は13.3%で、OECD諸国では下から数えて2番目。皆が使う大切なエネルギーが、海外情勢に左右されるおそれがあって、不安定な状況なんです。ウクライナ危機を受けて、燃料価格が高騰しましたよね。エネルギーを海外に依存していることの危うさや、電気料金に与える影響を感じた方も多いと思います。
だからこそ、燃料をなるべく海外に頼らずに発電することができる電源(発電所)を動かしていくことが必要なんです。例えば、原子力発電はエネルギー効率が高く、一度入れた燃料は長い期間使うことができるうえ、発電時にCO2が発生しない電源です。ただ、今ある電源をできるだけ長く稼働させるとしても、運転開始から時間がたった発電所はいずれ運転を終了することになります。発電所の建設から運転開始までには時間がかかりますから、数十年先を見越して、必要な電気をちゃんと作れるように、今すぐにでも新しい電源の開発に取り組んでいく必要があると思います。
電源開発には、十数年単位のリードタイムが必要(電気事業連合会資料より引用)
――――――エネルギー自給率の向上は一朝一夕にはいかないのですね。
エネルギー自給率の問題を、「今は何とかなっているから、まだ後でいいんじゃない?」と先伸ばししてきた結果が今なんです。最近は「物価高で生活が苦しい」という声も挙がっていますが、これもエネルギーコストが上がっている面が大きいですよね。物をつくるためには電気を使いますから、その電気の値段が高くなれば、当然物の値段も上がります。エネルギーコストは、自分が直接支払う光熱費だけではなく、毎日の生活で使う物に幅広く関わっていることを認識してほしいです。
エネルギー自給率向上のために、再エネか原子力発電のどちらを増やすのか?という議論もありますが、どちらも必要です。一つの方法に依存するのではなく、再エネも原子力も火力も、それぞれの特長を活かし、あらゆるエネルギーを組み合わせてバランスよく電力を作るのが「エネルギーミックス」という考え方です。
そして日本全体で電気を上手に作り、使っていくために、従来の方法による発電にとどまらず、蓄電池や水素、アンモニア活用といった新しい技術を使う供給側の取り組みに加え、需要側の取り組みも進められているんです。先ほどお話ししたような、太陽光発電による昼間の余剰電力を無駄にしないよう、電気を使う時間を日中にずらす取り組みなどですね。難しい問題があるからこそ、その解決のために新しい技術や考え方が生まれてくる。それがまた魅力です。どうすれば海外に資源を頼らなくて済むかということまで含めて、総合的に考えていくことが大事だと思っています。
今まで以上にわかりやすく電気のことを伝えていきたい
――――――伊藤さんの今後の展望について教えてください。
社会全体でカーボンニュートラルを目指す中で、電気の果たす役割が今まで以上に重要になるのは間違いありません。これからの時代はその電気を使う一人ひとりが、その仕組みや性質を知っておくべきだと思うので、今後も動画を通じてさまざまな情報を発信していきます。
今もわかりやすく伝えることを意識していますが、それでもまだ難しく語り過ぎている部分があると思っています。まずは多くの方に電気への関心を持ってもらうため、電気を使った実験や、電気を使う人のお困りごとを直接取材するなど、新しい企画にもどんどんチャレンジしていきたいです。それから、電験三種の勉強をした経験を活かして、日本一わかりやすい電験三種のテキストもつくってみたいです!
インタビュー時、電験三種の勉強で実際に使用したテキストを見せてくれた
――――――最後に、伊藤さんにとって「電気」とは何か教えてください。
すべての源というか、まさに「エネルギー」そのものです。人間は生きていくために食べ物からエネルギーを取りますが、社会にとってのエネルギーが電気だと思っています。電気は、「同時同量」のキーワードでお伝えしたように、発電した瞬間に使わないといけないとか、触ったら感電して危ないとか、いろんな性質を持った、ちょっと扱いが“難しい奴”ですが、よく理解することで仲間にして仲良く付き合えれば、すべての源になっていろんなことを助けてくれる“いい奴”なんです。
これからチャレンジしてみたい企画をお聞きすると、次から次に笑顔でアイディアを教えてくれた伊藤さん。取材では、電気設備の点検の時に使われるMY「検電器」も紹介してくれました。発信した動画を観た人が「わかりやすい」と言ってくれることが嬉しく、これまでのお仕事につながっているそうです。
伊藤 菜々
いとう なな。上智大学経済学部経営学科卒業。再生可能エネルギー関連会社に入社し、小売電気事業者の立ち上げに関わる。2019年に独立し、新電力の立ち上げや、事業運営、広報の支援業務などを行う。2020年より開始したYoutube チャンネル「電気予報士 なな子のおでんき予報」 は登録者数1万4千人以上。電力会社や企業での講演、学校での授業、展示会やイベントへの出演も積極的に行う。第二種電気工事士、電験三種(電気主任技術者)を保有。主な著書に『電気予報士なな子のおでんき予報』(エネルギーフォーラム)。
YouTube「電気予報士 なな子のおでんき予報」: https://www.youtube.com/channel/UCUvo2HPKy9vzABXfCHMd-JA
公式HP:https://itonana.com/
企画・編集=Concent 編集委員会
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