2019年9月、千葉県に台風15号が上陸。その際、8万2000棟を超える住宅に被害が生じ、64万戸余りが停電しました。長期停電によって不便な生活を強いられる被災者の姿を通じて、「備蓄」に注目が集まりましたが、あれから数年経った今、備えることの大切さを忘れてしまっている人も多いのでは?
そこで今回は、管理栄養士・防災士・災害食専門員の今泉マユ子さんに在宅避難の備えについてお話を聞きました。
管理栄養士・防災士・災害食専門員の今泉マユ子さん
避難所は満員の可能性も!?「在宅避難」のための備えが必要
――はじめに、今泉さんは普段どのような活動をされているのでしょうか。
管理栄養士・防災士・災害食専門員の資格を持っていて、管理栄養士歴は30年以上になります。東日本大震災をきっかけに防災食の研究を始め、現在では防災食アドバイザーとして全国で講演活動を行っています。メディアでは「レトルトの女王」「缶詰の達人」「保存食の達人」とも紹介され、SDGsや食育にも力を注いでいます。
――災害が起こったらどこに避難すればいいのか判断に迷いそうです。どのように避難先を決めるべきでしょうか。
今、多くの自治体では「在宅避難」を勧めています。もともと避難所の数が足りていなかったところ、新型コロナウイルスの影響で1人当たりのスペース基準が見直され、避難所の収容可能人数が大幅に減少しているためです。避難所は地域住民全員が入れるわけではないということを、まずは知っておいてほしいですね。
プライバシーが確保できて避難所に比べるとストレスの少ない在宅避難ですが、災害時に在宅し続けるには、3つのポイントをクリアにしておく必要があります。
1.自宅の周辺に危険がないか
自宅の周辺に、氾濫しそうな川や土砂崩れしそうな山など差し迫った危険がないか。災害が起こる前にハザードマップで確認しておきましょう。
2.家の中が安全か
家の耐震補強、家具などの転倒・落下・移動防止対策ができているか。どんなに道具や食料の備えが万全でも、家の中をまず安全な場所にしなければ命は守れません。在宅避難することを想定して、災害が起こる前に家具の転倒防止など対策しておきましょう。
食器棚、冷蔵庫、本棚などは、いざという時に備えて転倒防止対策を(sanae / PIXTA)
3.備えがあるか
水・カセットコンロ・食料・懐中電灯・衛生用品・携帯トイレ・ラジオなどの備えがあるか。ただし、懐中電灯があっても電池がなければ使えません。パスタがあってもカセットコンロとボンベがなければ調理はできません。大抵は「使うもの」に対して「使うために必要なもの」があります。自分にとって必要なものを書き出して、実際に使ってみるといいでしょう。電気、ガス、水道がストップしても、備えがあれば在宅避難することは可能です。
非常時に「使うもの」と「使うために必要なもの」を考えてみよう(にしやひさ / PIXTA)
以上の3つのポイントのどれか1つでも欠けていれば、在宅避難はできません。その場合は、避難所や親戚・友人の家、ホテルなどに避難することになります。在宅避難するためにも、災害が起きてからではなく、今できることをやっておくことが大切です。
防災食は「普段から食べ慣れたもの」を用意。栄養バランスも考慮して
――平時から自宅にとどまる準備をしておくことが大切なのですね。では、防災食は何を準備すべきでしょうか。
絶対に備えておいて欲しいのが水です。水は1日1人あたり3リットル×最低3日分が必要で、1週間分あるとより安心です。家族が多いとかなりの量になりますが、子ども部屋や寝室など各部屋に置いておくことをおすすめします。飲料水は棚やベッド下、押し入れに、生活用水は空いたペットボトルに水道水をふちいっぱいまで入れて、トイレや物置きなどに分散して場所を確保しましょう。
保管場所の工夫をしながら水を分散備蓄
食べ物に関しては「これを備蓄しておけばOK」というような全員に共通するものはありません。なぜなら、食べたいものは一人ひとり違うからです。例えば、私は毎朝プルーンを食べているので、災害時にも同じものを食べられるよう、普段から多めに備えています。コーヒーが好きな方はコーヒーでも良いでしょう。災害時は、非日常が続くことがストレスになりますが、いつもと同じものを口にすることでホッとするんです。逆に、普段食べ慣れないものを災害時に「仕方なく」食べることは、ストレスにつながりそうですよね。長期保存ができる防災食にしても、まずは一度食べてみて、好きなものを見つけてほしいですね。
――普段食べているものを多めにストックしておくだけでも災害用の備蓄になるんですね!あとは、避難中の栄養バランスも気になります。
健康を維持するためにはもちろん栄養バランスも大事です。防災食を「エネルギーとなる糖質や脂質」・「血や肉になるタンパク質」・「体の調子を整えるビタミン、ミネラル、食物繊維」の3つのカテゴリーに分け、それぞれまんべんなくストックしておくといいでしょう。
・エネルギーとなる糖質や脂質
アルファ化米、パックご飯、餅、パンの缶詰、レトルトおかゆ、麺類など
・血や肉になるタンパク質
さば缶、ツナ、さきいか、コンビーフ、焼き鳥缶など
・体の調子を整えるビタミン、ミネラル、食物繊維
野菜ジュース、ミックスビーンズ、乾燥野菜、ドライフルーツ、フルーツ缶詰、海藻類など
おすすめは、ドライパックの缶詰やパウチです。ドライパックは開けてすぐにそのまま食べられて、災害時に不足しがちな野菜類も補えます。大豆、ひじき、ミックスビーンズ、コーン、ごぼう、キノコなどの種類があり、我が家では普段から活用しています。
また、長期常温保存できる豆腐もおすすめです。豆腐は水分補給にもなりますし、紙パックを切ってそのままスプーンで食べられます。
フェーズフリーで「日常=防災」に。ローリングストックを実践しよう
――防災食として買ったものを棚の奥にしまい込んだまま忘れてしまい、賞味期限切れになってしまうことがよくあります。
「防災食」や「非常食」と呼ばれるせいか、災害が起こった非常時に食べるものと思い込んでいる人は多いですよね。そこで大事なのが「フェーズフリー」という考え方です。フェーズフリーとは、「日常」と「非常時」という2つのフェーズ(局面)をフリーにするという意味。普段使っているもの、食べているものを、非常時にそのまま活用するんです。
そのためにもぜひやってほしいのが「ローリングストック」です。ローリングストックとは、普段食べているものを多めに買っておき、食べたら買い足すのを繰り返す方法です。ローリングストックをうまく回すには、食料品を非常用持ち出し袋にしまい込むのではなく、日常的に食べて消費することが大事です。
ローリングストックで備えることで、非常時も食べ慣れているものを口にできる(にしやひさ / PIXTA)
――「日常的に食べるもの」と「備蓄品」を分けて考えない方がいいんですね!
そうなんです。スーパーで冷蔵冷凍コーナー以外を見ると、そこにあるのは全部常温保存できるもの。シリアルも、ゼリー飲料も、乾物も、「こんなにたくさん種類があるんだ!」ということに気づくと、選べる食品ってすごく増えると思いませんか?普段からそれらを食事に取り入れて、好きなものは多めに買って置いておくことを繰り返すと、ローリングストックが習慣化していきますよ。
ローリングストックの習慣化には食品の「見える化」が大事
――ローリングストックで食品を上手に管理する方法を教えてください。
賞味期限を切らさないこと、そして、普段の食事で食べたいものが選べるように、「見える化」することが大事です。そこで、我が家で実践している管理法をいくつかご紹介します。
・賞味期限をマジックで書く
缶詰の賞味期限は、黒マジックで大きく書いています。戸棚に黒マジックを常時置いておくと、缶詰をしまう時にパッと書くだけなので簡単です。
賞味期限の「見える化」を意識
・レトルト食品は本棚に並べて保管
レトルト食品の箱は本棚に並べています。左側に賞味期限の近いものを置き、なるべく左から取ることを家族でルール化しています。本棚に並べるとスライドしやすく、取ったところが歯抜けになるので、ないことがすぐにわかります。ポイントはいろいろな種類を置いておくこと。非常時でも、その時の気分によって食べものを選ぶことが安心感につながります。
「選べるワクワク感があるようで、子どもたちにも好評です」と今泉さん
・賞味期限ごとにかご分けする
食品の種類別に分けると賞味期限を管理するのが難しくなるので、賞味期限ごとにかご分けしています。いろいろな食材が混じっていても、「サラダにツナを使おうと思ったけど、アサリの賞味期限が切れそうだから今日はこっちにしよう」と、その中から工夫して使うようになります。
・食べる日を決めて防災食を活用する
毎週水曜日、毎月1日など、日にちを決めて防災食を活用することをおすすめします。防災食の量や味、食べ方を知ることができますし、好きな防災食を見つけて備蓄のレパートリーを増やすきっかけにもなります。
もしもの時に備えて、普段からシミュレーションをしておこう
――最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
普段やってないことは災害時に急にはできません。普段から「もしも」を想定したシミュレーションをしておきましょう。我が家は子どもが2人いるのですが、“防災訓練”となると身構えてしまうので、家族で楽しみながらできる「防災ごっこ」をよく行っています。私がおすすめしているのは、「もしもしごっこ」、「停電ごっこ」、「断水ごっこ」の3つです。
「もしもしごっこ」では、毎月1日、15日に体験利用ができる「災害用伝言ダイヤル(171)」を使ってみましょう。171番に電話をかけるとメッセージを登録・確認でき、自分の状況を知らせることや家族や親戚の安否を知ることができます。災害時は電話がつながりにくくなるので、いざという時に重宝するかもしれません。30秒で伝言を入れなくてはいけないので、初めてだと結構焦ると思いますよ。
毎月1日と15日は「災害用伝言ダイヤル(171)」の体験利用ができる(にしやひさ / PIXTA)
「停電ごっこ」では、夜真っ暗にして懐中電灯でご飯を食べてみてください。意外と暗いと感じて「懐中電灯やランタンを増やしておこう」と思うかもしれません。「断水ごっこ」では、備蓄している水だけで調理してみると、「水ってこんなに必要なの!?」と気づくことになるでしょう。
災害対策には色々なやり方があるので、普段から試してみることで自分に合う方法を見つけてみて下さいね。
いつ起こるかわからない自然災害。日頃から意識的にローリングストックしておくことは、いざという時の助けになるだけでなく、普段の食生活も豊かにしてくれそうですね!
2019年9月、千葉県に上陸した台風15号の影響により最大64万戸あまりで停電が発生し、完全復旧までに約2週間かかりました。この時は、強風の影響で鉄塔や電柱などの設備に被害が出て停電が長期化しましたが、実は、日本の停電発生頻度および停電時間は極めて少なく、世界トップ水準なんです。電気事業連合会の調べによると、2022年度のお客さま1軒当たりの年間停電回数は、0.04回、停電時間は、6分です。この実績が、「電気はいつでも当たり前に使えるもの」と思われている所以でしょうか。ただ油断は禁物ですので、もしもの時のために停電への備えはしっかりとしておきましょうね。
今泉 マユ子(いまいずみ まゆこ)
管理栄養士として大手企業の社員食堂、病院、保育園に長年勤務。食育、災害食、SDGsに力を注ぎ、2014年に起業。管理栄養士の他、調理師、食育指導士、防災士、日本災害食学会災害食専門員など多数の資格を有し、各ジャンルの知識を踏まえた災害時の備えについて、全国で400以上の講演を行う。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌など多方面で活躍。主な著書に『かんたん時短、「即食」レシピ もしもごはん 』(清流出版)、『親子で学ぶ防災教室 災害食がわかる本』(理論社)。
『かんたん時短、「即食」レシピ もしもごはん 』(清流出版)
企画・編集=Concent 編集委員会