「節電」「省エネ」に関心が高まる昨今。“地球環境のためにいいもの”“家計にも優しい”一方で、“個人でできることは限られていそう”なんてイメージを持っている人も多いかもしれません。とはいえ、現在の世界情勢からこの夏、エネルギー不足が懸念されているニュースを見て、少しドキッとした方もいるのではないでしょうか。先行きへの不安はどうしようもないけれど、せめて自分の足元では「節電」に心がけるなど、ちょっとだけでも地球の未来に貢献していきたい。そんな気持ちを具体的な一歩につなげるにはどうしたらいいでしょうか。そのヒントを求めて、『おいしい節電レシピ』(東洋経済新報社)の著書でもある日本料理界の重鎮・「分とく山」の野﨑洋光料理長に「節電レシピ、実践のコツ」をうかがいました。
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「分とく山」総料理長・野﨑洋光さん
スーパーは自宅の冷蔵庫!発想を転換して節約を楽しむ
――本日はどうぞ、よろしくお願いいたします。早速ですが、節電レシピについておうかがいできればと思います。『おいしい節電レシピ』は東日本大震災のあった2011年夏の出版でした。あの夏も節電が話題でしたね。
実は「節電レシピ」本の企画の話をもらったばかりのときは、ちょっとむっとしたんですよ。「こんな時期に商売なのか!?」って。そしたら編集者さんから「今年は夏に電気が使えなくなる可能性があるからやりたい」と説明されて、たしかにそれは大変だ、それじゃ、とやってみることにしたんです。とはいえなかなか発想がうかばなくてね。電気を使わないと考えると、夏場は食材を10%で塩蔵(10〜15%以上の濃度の塩で漬け、長期保存する貯蔵法)しなければならないし、缶詰を使うといってもなかなか……。そんな中であることに気がついたんです。「そうだ! スーパーがあるじゃないか」と。今は物流環境が整っていますから、スーパーを家の冷蔵庫代わりにして鮮度のいいものを買ってくればいいわけですよ。
サバの水煮缶を使った胡瓜と心太の酢の物
たとえばみなさんは、イワシやサバを煮る時に臭み抜きに生姜をいれますよね。でも今は冷蔵技術の向上や物流環境がよくなって、スーパーでは鮮度の悪い「臭いイワシ」なんて売っていません。それは50年前の話で、いってみればサバの味噌煮のレシピなんて100年前のものなわけですよ。そこまで仕事しなくても十分おいしい素材なのに、調理をしすぎてしまう。ホウレンソウだって茹でて粗熱とって生ぬるいうちに醤油をかければ絶品ですよ。お刺身だってそのまま出せるのに、鮮度のいい魚をワザワザつみれにするとか、どうも余計な仕事をしすぎているのかもしれない、と。今はそのままで美味しくいただけるすごい時代なんだと考えたら、実は節電はとても簡単です。
――まず「発想の転換」が大事なんですね。
そうです。もし省エネのためにあまり加熱時間を使いたくないと思うなら、たとえば調味料はみりんや酒はアルコールをとばさなきゃ美味しくないので、みりんの代わりに砂糖を使えばいい。あるいは煮込まなければいい。作ったものを冷蔵庫にいれずにその場で食べればいいし、そもそも食べられる分だけ買ってくればいいとか、いろいろ発想できるでしょう。だから考え方は普段の料理とあまり変わらないんです。
大事なのは「作るとき、楽しみながらやる」ことですね。“簡単に作ること”の美味しさを楽しむっていうのかな。たとえば卵かけご飯だって、全部入れると温度が下がって美味しくないから、黄身だけにしてみる。あつあつのご飯に黄身だけ入れたら半熟で火が通って美味しいですよ。僕は目玉焼きが好きなんですが、白身がしっとりして黄身が半分くらい固まる感じになったらご飯の上にのせて箸で刺します。そうすると黄身が広がって、そこに醤油たらしてネギやわさびを添えたらほんとに美味しくて、50円くらいで大満足です。ほかにも得意料理に「塩トマトご飯」がありますけど、トマトを切ってしょうがをみじんぎりにして塩だけまぶしてごはんの上にかけるだけで絶品ですよ。行儀悪いって言われるかもしれないけど、楽しめばいいんです。なにもプロのように、お店のようにしなくたっていい。作ってすぐ食べられる、試しながら食べられるとか、家庭には家庭の楽しみがあるんです。
機転をきかせて使い回す、素材のうまみを利用する
――たしかに手抜きやずぼらな感じを少し敬遠したり、「料理していない」と思われたくなくて、しっかりした「料理」と思うものをしていたり、わざわざ複雑にしていた、という面は心当たりがあるかもしれません。
じゃがいもだって塩胡椒だけでおいしいじゃないですか。ただ冷蔵庫に入れるとまずくなっちゃいます。ポテトサラダだって作りたてが一番おいしい。だったら冷蔵庫なんて使わないで、すぐに食べちゃえばいいんです。
あとはちょっと機転をきかせて使い回すことも大事です。缶詰の汁だって出汁にできるし、お湯だって使いまわせます。菜っ葉をゆでたり、肉を霜降りしたお湯でそのまま味噌汁を作ればいい。農薬のことで捨てたほうがいいときもありますが、基本は灰汁だけとれば旨味はそこに出ているので使えますよね。ただし青物を長く茹でてしまうと酸が出てしまいますから、ちょっと茹でたくらいにしておいてくださいね。食材のうまみを生かして省エネにすることが、今どきで進歩的なんじゃないかな。
牛肉の大和煮缶を使ったハヤシライス
――節電だけでなく、「もったいない」も減らせそうですね。
僕は煮魚は生のうちに塩で味をつけてから、醤油と水で冷たいうちから煮て沸騰したらもう加熱を止めてしまいます。煮汁はそのままそばつゆにもなります。魚から出汁がでるからそれでいいし、むしろ煮るとまずくなってしまうんです。ベーコンやソーセージからも出汁がでるし、素材自体がうまみを持ってるんだからそれを利用すればいい。おでんも煮ませんよ。練り製品は完成したものですし、大根や里芋は煮ますけど薄く切れば短時間ですみますよね。あと、トマトジュースも出汁になるって知ってましたか? ただし100%だと濃すぎるので、トマトジュース1杯に対して水を2杯いれてください。味は濃すぎるとうまみがでないって覚えておくと便利です。豆乳や牛乳も薄めると出汁になりますよ。味噌や醤油だって、ほとんどの人はただ塩気で味をつけるものだと思ってますが、大豆から作られているので、それ自体がうまみも含んでいるんです。だからごはんに直接醤油でもいいし、味噌のっけたってかまわない。シンプルなものでも、それこそがプロにはない家庭のおいしさだってことに気がついて、楽しんでほしいですね。
削るのではなく、代用することを考える。節電レシピは「生きる知恵」
――野﨑さんは節電レシピで、鍋でごはんを炊くことも推奨していらっしゃいますね。
いざというときのために、方法を覚えておくと、いろいろ応用が利きます。1回や2回失敗するかもしれませんが、慣れたら鍋で炊けるようになります。どんな鍋でもいいし、そんなに難しくないからやってみてほしいですね。鍋でごはんを炊くとおこげができますが、それはおじやにすればいいですし、フライパンだったらおこげ面が広くできますから、そのまま野菜とチーズ、ソースをかけたらピサだってできますよ。基本の「100度の温度で20分たたないとコメからごはんに変身できない」というのを覚えておけば、ビニール袋でだってお米は炊くことができます。ビニール袋で炊く方法は本でも紹介していますが、震災なんかのときは便利ですよね。皿がなくても一人分の分量にわけられるし、ポットの中に入れておいても炊けちゃいます。
とはいえ、実は僕、数年前に1万円しないくらいの安い炊飯器を買ったんですよ。なぜかというと、炊飯器の蓋に付いているカップみたいなものでご飯と一緒におかずを作れるからなんですが、これが便利で。さっきから節電、節電といってますが、同時調理もそうですよね。便利なものは使ったらいいんです。ただ、ジャーの中にごはんを入れたままにしておくと30分たったら風味が失われてしまうので、炊けたらすぐにあけるのは忘れないでくださいね。そして小分けにして冷凍、食べる時にチンする。これで十分、おいしいんです。
――電気も使い方次第なんですね。
そうです。瞬間的に作るならロスしないとか利点はたくさんありますよ。フードプロセッサーを使えば洗い物だって減りますし、便利なものは上手に利用すればいいんです。IHで揚げ物すると油が散らないからガスより片付けがラクですし、温度設定もできて失敗が少ないからロスも少なくて便利。しかもガスより火力が強くて、あっという間に沸騰しますしね。
――ストイックに考えすぎるより、柔軟に楽しむほうがよさそうですね。
「真剣に考える、だけどポジティブに楽しむ」のが節電だと思います。そうそう、昔の人はごはんを食べたらお茶碗にお茶を入れていたのを知ってますか? 水を使うと環境を汚すから、お茶でそそげば洗剤も使わないというすごい知恵で。だんだん、そんなみっともないことやめろってなりましたけど、今、世界がもう一度そういうのを見直し始めていますよね。今までは美味しさばかりに注目して自由にやってきたけれど、これからの世の中はもう一回考えていかなきゃいけない。昔は地味に生活することは美徳だったんですよ。今はそういうのを恥ずかしいと思ってる人がいるかもしれませんが、まさに「食足りて礼節を欠く」ですよね。
でもこれからは「節電」が大事になって変わっていくんじゃないかな。それは、単に我慢しなければいけないとか、貧しくあらねばいけないということではなく、豊かさへの入り口として。自分たちを戒めるというか、自分の足元を見直して、削るんじゃなくて代役することを考える。節電レシピというのは、そういう生きる知恵みたいなものなんだと思います。
野﨑 洋光(のざき ひろみつ)
分とく山 総料理長
1953年 福島県石川郡古殿町生まれ。
学校法人石川高等学校卒業後、武蔵野栄養専門学校卒業。東京グランドホテル、八芳園を経て「とく山」の料理長に。
1989年「分とく山」開店。総料理長となる。
日本料理界に新風を吹き込み、伝統的でありながら独創的な料理を提案し続ける。
取材・文=荒井理恵 撮影=奥西惇二