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大自然の中に白亜の館が出現!長野・天竜川にたたずむ南向発電所

2019.02.12

全国各地にある発電所、その数なんと4000カ所以上。一口に発電所といっても、実は一つ一つ違った魅力があるんです。今回は長野で見つけた白亜の館をご紹介。雄大な山々を背景に、当時の姿をそのまま残すレトロモダンな水力発電所の魅力をお伝えします!


春夏は高山植物を愛でながらハイキング、秋冬は澄んだ空気の中で満天の星を鑑賞。今の時期ならふもとでスキーやスノーボードも楽しめる中央アルプス・駒ヶ岳。長野県にあるその山系の東側を流れる天竜川沿い、伊那街道を南に進むと、田畑の広がる景色の中に白亜の建物を見ることができる。


白で統一された壁面とシンメトリー感が気持ちいい南向発電所。建物の高さは4階建てビル相当、横幅は30メートルほど

白一色の壁と大きなアーチ窓は、まるでエーゲ海を望むホテルのよう……とは言い過ぎかもしれないが、これが今回訪れた「南向(みなかた)発電所」。1929(昭和4)年に完成してから約90年間、休むことなく働き続ける水力発電所で、建物は建設当時そのままの姿で今に残っている。


大きな窓から光が差し込む建物内部。中央にあるのが発電機で、合計2台設置されており、最大出力2万8800kWを誇る

発電所からおよそ11キロ先、天竜川の上流にある南向(みなかた)ダム(別名・吉瀬(きせ)ダム)から水路を通して毎秒約4万リットルの水を引く。その水が約80メートルの高さから鉄の管を一気に下り、発電所地下にある水車を回転。水車は真上に設置された発電機と軸でつながっているため、発電機も回転し、電気を生み出している。


天竜川にある南向ダム。川の端から端に伸びるのがローリングゲートと呼ばれる水門。昔は生活道としても使われていたという上に架かる橋は、一般の人でも自由に歩くことができる

天竜川から南向発電所に水を送る南向ダムは、“ダム”と言っても小規模なもので、正式には「南向堰堤(みなかたえんてい)」という。これがダムなのに、ちょっとかわいい。小規模だからということではなく、かわいいのはその形。4つの水門を挟むように建つコンクリート製の建物があり、頭の部分がゆるーく丸みを帯びている。建設当時にはかなりの手間がかかったとされるこのデザインは、現在“ダムマニア”垂涎(すいぜん)のものだそう。


南向ダムを横から眺めると、先端の丸窓が印象的な建物の頭の部分がよく見える。それぞれの建物の中には、水門を引き上げるための装置が入っている

南向発電所と南向ダムは、日本で数多くの水力発電所を建造した“電力王”福澤桃介が生涯最後に造ったものとされている。南向発電所の入口前には、福澤桃介の銅像や発電所で使われていた水車の実物などが展示されており、その功績と歴史を目にすることができる。


南向発電所入口前に立つ福澤桃介像。角帽姿で造られており、同様の銅像が中部電力・下村発電所の関連施設などにも設置されている


1972~88年まで南向発電所で使われていた水車の実物。直径2.5メートルほどあり、実際は写真正面の丸い面を水平にして使用される

「電力王・福澤桃介」と言われても、ピンとこないかもしれないが、1万円札の福澤諭吉の娘婿といえば、何となく偉人感が伝わるだろう。福澤桃介は、当時ほかに彼女がいたにもかかわらず福澤諭吉とその妻の誘いを受け福澤家の婿養子となり、20代で大病を患いながらも株式投資で大儲け。その後いくつもの発電所事業にのりだし、米国で50億円以上の資金調達を成し遂げる…といった、今どきのベンチャー社長もビックリするような波乱万丈の人生を送った。


水が通る鉄管の上部には福澤桃介直筆の石碑が。水力発電で電気を作り、日本の産業を盛り上げるという思いを込めた「水然而火(水燃えて火となる)」と書かれている

ちなみに、南向発電所を造った当時、桃介のパートナーはその昔に別離した“彼女”。画家ピカソや彫刻家ロダン、初代総理大臣・伊藤博文までをも魅了したと言われる日本初の女優・川上貞奴(かわかみ・さだやっこ)で、その生涯は1985(昭和60)年にNHKで大河ドラマ化。俳優・風間杜夫さん演じる福澤桃介も全編にわたり登場している。


南向発電所の建物は一見して派手な装飾はないものの、弧を描く天井部の飾り帯など所々に、昭和初期には珍しいモダンな建築様式が取り入れられている

雄大な山々とのどかな田園風景が広がる長野に、破天荒な男が最後に手掛けたレトロモダンな発電所が今も息づいている。雪景色を見に行くついでに、日本の産業の歴史に思いを馳せられる南向発電所に訪れるのも面白いのでは?


発電所から見える中央アルプスの山々。雄大な自然の中で、南向発電所は今日も電気を作り続けている

※南向発電所館内は見学不可。写真は取材用に特別に許可を取って撮影


■発電所見学DATA

南向発電所

住所:長野県上伊那郡中川村葛島933-2
電話:0265-54-6907(中部電力株式会社 飯田水力センター)
アクセス:JR飯田線伊那大島駅から約3km、中央自動車道松川ICから約6km
見学:発電所併設の広場は立ち入り自由(建物内の一般見学は不可)
HP:https://www.chuden.co.jp/energy/ene_energy/water/wat_chuden/wat_list/index.html


南向ダム

住所:長野県駒ヶ根市中沢664
電話:0265-54-6907(中部電力株式会社 飯田水力センター)
アクセス:JR飯田線田切駅から約4km、伊那福岡駅から約5km、中央自動車道駒ヶ岳スマートICから約8km
見学:ダム上部の通路橋は解放(ダム設備内等の一般見学は不可)